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地方自治にできること◎

岸田 徹 【岸コラ】
2006年11月7日(火)

「民間にできることは民間に、地方にできることは地方に」と声高らかに謳ったのは小泉前首相だ。首相就任時の所信表明演説で、これが行政の構造改革の基本姿勢だとしたのだ。今から5年前、2001年5月7日のことだった。

小泉さんは、国の問題点を標語のようにして国民に広く知らせた功績は大きいが、それがいったいどういう問題なのかは説明しなかった。「民間にできることは民間に、地方にできることは地方に」という標語の意味は、「本来は民間や地方がやるべきことを、今までは事情があって国の中央政府がやっていたので、それを本来の姿に戻しましょう」ということだ。

「地方にできることは地方に」というのは、中央政府がやっていたことを地方にやらせるという事で、「地方分権」と言われている。どっちがやろうとよさそうに思うだろうが、これが実は違うのだ。

小泉政権下で「地方分権」と言えば、前総務大臣で郵政民営化担当大臣、その前は経済財政担当大臣をやっていた竹中平蔵氏が推進した「三位一体の改革」だ。三位とは、地方と国とのお金のやり取りの中で「補助金」「地方交付税」「税源」の3つのことを指し、それを一緒に見直そうということで三位一体となったものだ。

どうして、その3つを一緒に見直さなければならないのかというと、中央から地方に権力を移すのに、地方はその分お金が必要なので、今まで国が取っていた税金を地方で取るようにする「税源」の移譲が必要になる。地方はその税金を使って地方行政をすればよいから、国が集めて地方に配分していた「補助金」と「地方交付税交付金」を少なくするというのが論拠で、補助金だけ減らして税源を移譲しなかったら地方はやっていけないので、3つは一緒に行なわなければならないとしたわけだ。至極当然なお話。

実際、日本政府の支出する金額のうち64%は地方で支出されているのに、地方が集める税金は45%しかない。長いこと日本の地方財政は3割自治と呼ばれ、地方の税収は歳出の3割程度しかなかった。

その差額は、中央政府が補助金や地方交付税交付金の形で地方に支給している。ところが、中央だ地方だと言っても税金を納める方は中央人と地方人がいるわけではなく同じ日本人。所得税や法人税、酒税は国税3税と呼ばれ、住民税や事業税、固定資産税、自動車税などは地方税だが、我々はほとんど区別の意識なく納税している。消費税も5%だとの認識はあるが、そのうち4%は国税で、1%は地方税だとは意識して払っていない。

中央と地方で税金の配分を「補助金」だ「交付金」だなどと面倒なことはやめて、徴税庁のような役所を作って、そこにいったん税金をプールして、必要なところに必要なだけ配分すればいいじゃないかと思うのだが、そうは簡単にいかない。そこには今までの歴史と地方分権に対する障害を助長する4つの本音が問題をややこしくしている。

(1)《国の赤字》 地方財政は大変だと言われているが、国の財政は火の車をとっくに通り越している。国の借金は750兆円ほどあるが、地方債の発行残高は140兆円ほど(いずれも2003年度末)。両方とも増加傾向で、すでに国だ地方だと言っている場合ではないのだが、国は地方に回す金にも手を付けないと首が回らない。三位一体の改革は、国が大変なので地方に補助金は出せないという本音から生まれたようなもの。

(2)《地方の活力》 景気がよくなったと言われているが、それは東京だけ。地方の景気回復を謳わなければ、次の選挙は戦えないというのが政治家の本音。それには、補助金や交付金で地方を活性化させるという手段が手っ取り早い。

(3)《中央省庁の反発》 地方分権は、中央官庁の既得権益を地方に移譲することになる。もともと霞ヶ関の官僚は大反対という本音。

(4)《自治体間格差》 分権される地方は、権力も税源も来るのだからよさそうなものだが、実際にはその分徴税努力をしなくてはならない。地方の魅力を十二分に発揮し、働き甲斐のある住み心地のいい地方を創造しなくてはならない。そんな努力よりは中央から補助や援助があった方が楽だという本音。

そんなに「本音」が大きいのなら、いっそのこと、本音どおりの世の中にしてしまったらどうか。地方分権などといわずに、すべてを中央でコントロールすれば、不満もなく、本音を抱いている人たちは安心して働ける。

しかし、それは大変危険なことなのだ。地方分権を進めなくてはならない本来の目的があるわけで、これが議論されないから地方分権は小手先だけで一向に進まない。議論されないから国民は知らされず、地方分権が我々にとってどれだけ有益なことかが分らない。国民が分らないから、官僚や政治家それに地方自治体までが地方分権を推進しないのだ。

実は、「地方分権」は小泉さんが言い出したわけでも竹中さんがやり出したわけでもない。

日本の地方自治は戦後の憲法で生まれた。その前にも廃藩置県があり、地方自治体は表面的には存在したが、県の知事は中央政府から派遣され、地方は中央の出先機関のような性格だった。内務省が絶大な権力を持つ中央集権政治で、これが日本を戦争への道に走らせたとの反省から、日本国憲法には第8章で地方自治についての条文が明記された。これは、明治憲法にはなかったものだ。

憲法の条項は4条ある。その4条で、地方自治についての組織は法律で定めること、議会を設置し知事や村長などの長や議員は住民の直接選挙で選ばれること、財産管理や事務を行い行政を独自に執行できること、条例を制定できること、また中央政府が特定の地方にだけに適用される法律を作ろうとするなら、その地方の住民投票で賛成がないとできないこと――が明記されている。

これで、我々は国会議員だけではなく、村長や区長や知事を選べるだけでなく、その村や町や区や都道府県の議員まで直接選ぶことができるようになった。

しかし、何のためにだろうか。目的はただひとつ。中央政府を独走させないためだ。中央集権で権限が集中すると誰も独走を止められなくなる。それを権限を分散させて抑制を図ろうとしたものだ。そんなことはできるのかと思われるかもしれないが、実例は豊富にある。

戦後は自民党独裁体制が続いたが、京都では社会、共産両党支持の蜷川知事が反中央の姿勢を貫き(1950年から28年間)、中小企業への無担保融資や国の減反政策に反対する京都府独自の米の買い上げや、教員への勤務評定をやらない教育行政を行なったりして、革新自治の道を開き中央行政のあり方にも影響を与えた。

この革新自治の花を開かせたのが、東京都の美濃部都知事(1967年より12年間)だ。国より先に公害防止条例を制定したり、老人医療費を無料化したり、大企業課税を行なったりした。

また、横浜市長だった革新派の飛鳥田一雄氏(1963年から15年間、その後社会党委員長)は直接自治省に乗り込んで補助金の議論を正面切って行い、国の行政そのものに深く入り込んだ。

これらの革新自治の長たちは、高度成長一本やりの自民党の行政で犠牲となった弱者を救済し、公害に対する目を中央政府に開かせることになった。不思議なことに、彼らを選んだのは自由民主党の国会議員を選んだ同じ日本人。つまり、我々は、行政に対して複数のチャネルを持つことによって、行政を意のままにコントロールできる手段を持つことができるのだ。

村長や区長や市長、知事、さらには彼らと対抗できる地方議員を我々が直接選べるということは中央政府を動かすためにも非常に重要だ。中央政府をこのような手段でコントロールできれば、安易に戦争の道を進まないようにすることができる。

ここまでしないと、行政は特定の力を持った人たちに平気で利用されてしまう。教育委員会が中央政府から独立し、教育を中央政府の独走で染めないようにしたのも同じ目的からだった。

これが、教育の荒廃で教育委員会が無能扱いされたり、福島県の談合事件や、岐阜県の裏金問題など、地方での不祥事が起きると、地方に行政は任せられないとの世論が出てきて、中央集権化を促そうとするが、大変危険な現象だ。

また、安倍内閣が小泉内閣から引続いて行なおうとしている官邸主導の行政は、省庁間の利害で動く時代からの脱却と世界貢献をタイミングよく行うという意味からやるべきだとの主張が識者から出ているが、これもよく考えないと危険だ。

どんなに民主的な権力であっても絶対的に正しく行使されるとは限らない。しょせん人間が持つもので、間違いもあれば失敗もある。権力が集中すれば判断も早いし実行も確かだ。しかし、同時に間違った判断も破壊的な実行もすぐに行なわれてしまう。いったいどちらのリスクをとるのか。これは政府が判断するのではなく、我々が判断すべき問題だ。地方自治は、地方の自治と独自性ばかりを議論するのではなく、中央の独走を止めるための手段として考えていかなくては意味がない。

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参考資料:

Microsoftエンカルタ総合大百科2006:「地方自治」「地方税」「三位一体の改革」「美濃部亮吉」「蜷川虎三」

地方分権、遠いゴール 推進法案を国会提出 安倍首相は“強い国家”志向… [2006年10月28日読売新聞東京朝刊]

相次ぐ地方自治体腐敗 分権失速の危機 多選見直し必要(解説) [2006年10月12日読売新聞東京朝刊]

[論陣・論客]地方財政と交付税の行方 本間正明氏VS神野直彦氏 [2006年5月9日読売新聞東京朝刊]

[時代の証言者]国と地方・石原信雄(13)革新自治体、台頭と挫折 [2006年3月22日読売新聞東京朝刊]

7日の小泉首相所信表明演説の全文 [2001年5月7日読売新聞東京夕刊]

参考サイト:

国債及び借入金並びに政府保証債務現在高

日本国憲法

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