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岸田 徹 【岸コラ】 |
長野県庁の5階には「表現センター」という場所がある。それが、先日「会見場」に名称が変更になった。どっちにしろ変な名前だが、記者クラブの名残だ。8月に知事選で落ちた田中康夫前知事が県庁内にあった記者クラブを廃止し、「表現センター」にしたため、田中色を一掃しようとしている村井仁新知事がその名前を変えたものだ。
長野県の田中知事と言えば「脱ダム宣言」で有名だが、マスコミ界ではそれ以上にインパクトがあった宣言がる。「脱記者クラブ宣言」だ。
田中知事は、2000年の10月に初当選し、11月に浅川ダムの予定地を視察して工事の一時中止を表明、12月には県民に開かれたとするガラス張りの知事室で執務を始めた。翌年の2月に「脱ダム宣言」を行い、5月に「脱記者クラブ宣言」を行なった。
「脱記者クラブ宣言」とはどんなものかと言うと、知事の記者会見は記者クラブに加盟している人以外は出られないので、「時として排他的な権益集団と化す可能性をぬぐい切れない」と田中知事が主張し、県庁の一角を記者室として開放しているのも光熱費や清掃代など推計で年間1,500万円の経費がかかり、これは全部県民の税金で支払われていると指摘した。
長野県庁には3つの記者室があった。「県政記者クラブ」、「県政記者会」、「県政専門紙記者クラブ」の3つのための部屋だ。「県政記者クラブ」は日本新聞協会加盟の大手新聞社や放送局の16社で構成され、「県政記者会」は地域新聞や専門紙など7社、「県政専門紙記者クラブ」はそれ以外の7社で形成されている。
これらの3つの記者クラブはそれぞれ県庁から専属の部屋を与えられ、机と椅子に電話やファックスや通信機器が置かれ、県政上の報道はここを基地に発信されていた。田中知事は、県政上の発信を、限られた報道機関だけが行なうのはおかしいとの発想で、県民の税金は県政上の情報を発信しようとするすべての人に使うべきだと主張した。
そこで、3つの記者室を1ヶ月半後に閉鎖し、その代わりに「プレスセンター」を設置すると宣言した。「プレスセンター」には、スタッフが常駐し、椅子やコピー機なども用意し、雑誌社やミニコミ誌、ケーブルテレビの記者やWeb上で個人が情報を発信する人にも利用できるとしたのだった。
もともと記者クラブの存在については、言論界内部からもマスコミが独自取材をしない温床になっているとの批判があり、田中知事の「脱記者クラブ宣言」は注目を浴びた。
宣言された方も黙ってはいなかった。最大規模の「県政記者クラブ」は一方的な知事の宣言は受入れられないとし、最大の論点を知事の会見方式の変更にあてた。それまでの知事の記者会見は記者クラブが主催したが、田中知事は県が主催すると宣言した。どっちがやろうと、知事は会見するのだからよそさそうだと思うが、記者クラブ側は、知事の都合で会見が行われたら、県政を監視する観点が損なわれ、報道の自由が奪われると反発した。
読売新聞も産経新聞も、他の県知事がこの事態をどう思っているかを報道した。「共通の発表事項は記者クラブがあった方が効率がいい。県庁の記者クラブをなくす気はありません」(千葉県の堂本知事・産経新聞)。「(本県では)全く考えていない。私は記者クラブの重要性を認識している」(栃木県の福田知事・読売新聞)。「(県庁内に記者室があった方が)こちらが予期しない動きの時にもスピーディーに(情報が)伝達される」(青森県の木村知事・同)。「報道の自由から考えると記者会見は記者クラブ側が主催するのが筋。排他性という点でも改善されており、大きな問題はない」(大阪府の太田知事・同)。
しかし、田中知事はまったく記者クラブ側の主張を聞かず、独自構想を次々に発表した。記者室の代わりに設置する誰でもが参加できる「プレスセンター」の名称を「表現道場」にするとし、命名者は自分で「ガチンコ相撲を行う場ですから」と説明した。その2日後、その「表現道場」の説明会を開いた。その説明会を取材しようと大勢の報道陣が集まったのだが、説明を聞きに来たのは、メールニュースを発信しているという大学院生ただ一人だった。
いったいどうなるのか、知事と記者クラブの主張は平行線のまま記者室からの撤退期限が来てしまった。記者クラブ3者は撤退期限までに部屋を明け渡した。
これで、長野県の記者クラブは県庁内には席を置けず、新たに誰でもが県政を取材できる体制が整うのかと思われたが、事態は意外な方向に進んだ。
田中知事は、さっそく「表現道場」の設置費用約3,100万円を盛り込んだ補正予算案を議会に提出した。ところが、議会はその費用を削除して補正予算を可決してしまった。つまり、議会は「表現道場」を否認。これには、脱ダム宣言以降議会と知事との確執が大きく影響していた。議会は3,100万円の予算は多すぎると猛反発。
その3ヵ月後の定例県議会で、田中知事は再度、「表現道場」設置費用として約1,800万円の補正予算を計上したが、これも否決された。
これで、「表現道場」はパイプ椅子約40と机が約20、それに天上から電源コードがぶら下がる「仮設表現道場」となって、田中知事主催の記者会見が続くことになった。会見には、一般市民や県の職員も参加することになったが、知事が想定したマスコミ以外の「表現者」の参加はほとんどなかった。
そのうち、田中知事の支持率はどんどん下がり、知事の会見は自らが「おれ、記者会見なんて、ストレス解消だよ」と言わせるようになった。この発言に、産経新聞は主催者の変化で会見の質が変わったと報じた。
仮設表現道場には、記者クラブのメンバー20人ほどが日常的にやってきて取材活動をしていた。以前は記者室に資料置き場や独自の電話回線やファックスがあったが、そういう設備はまったくない。常駐ではなく、一日の仕事が終われば資料を持って帰る日々が続いた。それから半年以上がたって、年が変わった2002年1月、日本新聞協会は「記者クラブに関する日本新聞協会編集委員会の見解」というのをまとめた。明らかに田中知事の脱記者クラブ宣言に対応するものだった。
見解では、記者が記者クラブで競争なく取材する体制を自戒しながらも、記者室の設置や提供は行政上の責務だとし、会見は「クラブ側が主催することが重要」だとした。
支持率低下でマスコミを囲い込もうとしたのか、田中知事は新聞協会の見解に一定の評価を示し、仮設表現道場の名称を「表現センター」に改め、県庁一階の記者室跡に「表現ストック」というロッカーを設けると発表した。
知事と記者クラブの対立は、残念ながら知事の落選で幕を閉じてしまった。
日本の官庁や日銀など官庁に順ずるようなところや経団連などの業界団体には記者クラブがある。何をやっているのかは、報道機関側が丁寧に説明しないので、活動内容は明らかではなかったが、田中知事の一方的な記者クラブ廃止宣言で、報道機関側がいかに記者クラブを大事にしているかが分った。
ネタもとと直結している点では、迅速に正確に報道できる要素はある。よく言われることだが、警察の記者クラブが一致団結しているので誘拐などが起きた場合の報道規制ができるという利点もある。
しかし、情報もとと報道する側が一緒に生活していたのでは癒着が生じるのが当り前。いつの間にかオフレコ発言が多くなり、報道する方もされる方も報道していいものといけないものが、同じ基準で判断されるようになってしまう。つまり、官庁においては為政者側の利益報道になるし、業界団体では企業寄りの報道になってしまう。いずれも市民や消費者には不利な報道姿勢だ。
こういう体制で記事が作られるのは自由主義国では日本だけだ(韓国でも日本の占領下時代から同様の体制があると主張する人もいる)。日本の新聞やテレビはどこのものを見ても同じような報道だという原点はここにある。また、情報を受ける側も、事実はひとつだという概念があるので、どこの社も同じような報道をしても疑問を持たないでいる。
ところが、事実や真実は物事を見る立場や見る人の経験や知識によって表現が違う。日本の報道機関は、記者クラブでの発表を疑いなく「事実」として報道する歴史がある。このことを知った上で報道に接することが必要だ。
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参考資料:
Microsoftエンカルタ総合大百科2006:「記者クラブ」
「表現センター」を「会見場」に改称 県、わかりやすさ重視=長野 [2006年10月4日読売新聞東京朝刊]
田中知事不信任可決 極まる、県民不在の対立「対議会」新たな局面=長野 [2002年7月6日読売新聞東京朝刊]
「脱・記者クラブ」「表現道場」改称「センター」へ 田中・長野県知事 [2002年03月30日産経新聞東京朝刊]
田中・長野県知事「脱・記者クラブ」宣言から9カ月 見えぬ「改革」の成果 [2002年02月16日産経新聞東京朝刊]
長野・田中知事就任1年会見 批判受けるのは「改革だから」 [2001年10月26日産経新聞東京朝刊]
新聞大会 脱・記者クラブ 田中知事を批判 渡辺会長 [2001年10月17日 東京朝刊]
表現道場分削り 予算案を可決 長野県議会 [2001年10月06日産経新聞東京朝刊]
田中知事“バトル”第3幕へ 長野県政荒れ模様 高支持率に陰り [2001年08月20日産経新聞東京朝刊]
長野県政記者クラブ、田中知事に抗議文 「会見一方的打ち切りは不当」 [2001年7月14日読売新聞東京朝刊]
長野・田中知事会見に記者クラブ抗議 遅延、打ち切りで [2001年07月14日産経新聞東京朝刊]
長野県議会 補正予算 表現道場を“否決” 知事提案の設置費削除 [2001年07月07日産経新聞東京朝刊]
長野県政記者クラブ 加盟社が退去 今後も組織存続確認 [2001年07月01日産経新聞東京朝刊]
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報道の役割、正当に評価必要 長野記者クラブが田中知事に見解 [2001年6月22日読売新聞東京朝刊]
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「表現者」対象、説明会は閑散 長野県、出席は1人 [2001年06月15日産経新聞東京朝刊]
長野県の脱・記者クラブ かわりに「表現道場」設置 [2001年06月13日産経新聞東京朝刊]
道路特定財源の見直し問題 都市に重点配分を太田・大阪府知事が会見で表明 [2001年6月5日読売新聞大阪夕刊]
「脱・記者クラブ」 長野・田中知事“主催”で初会見 クラブ以外は十数人[ 2001年05月23日産経新聞東京朝刊]
「脱・記者クラブ」で舌戦 田中・長野知事/堂本・千葉知事 [2001年05月22日産経新聞東京朝刊]
長野県政記者クラブ 抗議文書提出へ 定例会見の主催切り替え「情報操作の恐れ」 [2001年05月19日産経新聞東京朝刊]
田中・長野知事 脱・記者クラブ宣言 「プレスセンター」に変更 [2001年05月16日産経新聞東京朝刊]
田中・長野知事の「脱・記者クラブ宣言」 木村知事、廃止検討せず=青森 [2001年6月5日読売新聞東京朝刊]
記者会見構想 従来の会見残し、全メディア対象に自ら主催 石原流会見、近く実施 [2001年05月19日産経新聞東京朝刊]
田中・長野県知事の記者クラブ発言 「よその人のこと」 福田知事が会見=栃木 [2001年5月23日読売新聞東京朝刊]
岡崎知事、記者クラブ以外の取材柔軟に=神奈川 [2001年5月23日読売新聞東京朝刊]
県庁記者クラブを非加盟社に開放 田中・長野県知事方針 [2001年5月16日読売新聞東京朝刊]
参考サイト:
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