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岸田 徹 【岸コラ】 |
「拉致問題の解決なくして、日朝国交正常化はなし」というのは、小泉前首相が得意だったワンセンテンス・ポリティクスの代表的な言葉だ。
小泉さんが首相になったのは2001年4月だが、「拉致問題の解決なくして〜」を使い始めたのは2002年3月からだ。その半年後の9月17日に劇的な小泉訪朝があり、小泉首相と金総書記は日朝平壌宣言を発表した。これだけのタイミングを考えれば、小泉さんが拉致問題の解決に意欲を見せ、その努力の延長線上に現職首相の始めての北朝鮮訪問があり、日朝国交回復に努力した姿が映し出される。
しかし、日朝平壌宣言は、何のための、誰のための宣言なのかはまったく分らない。出かける前はあれだけ何度も「拉致問題の解決なくして〜」と言っておきながら、宣言文には拉致問題のらの字もなかった。両国は核問題を解決し国交正常化の方向に進むという宣言だけがむなしく響くものだ。
その宣言文をもう一度見てみると宣言内容は次の四つだ(一部要約)。
(1)双方は国交正常化を早期に実現するため努力し、2002年10月中に日朝国交正常化交渉を再開する。交渉過程で日朝間の諸問題に取組む。
(2)日本側は、過去の植民地支配に対し痛切な反省と心からのお詫びの気持を表明し、無償資金協力、低金利の長期借款供与、人道支援などの経済協力を行なうことなどを正常化交渉の場で協議する。戦前の両国及び国民のすべての財産及び請求権を互いに放棄する事も正常化交渉の場で協議する。
(3)双方は、互いの安全を脅かす行動をとらないことを確認した。日本国民の生命と安全に関わる懸案問題は、日朝が不正常な関係の中で生じたことで、北朝鮮側は再発防止の処置をとる。
(4)双方は、北東アジア地域の平和と安定を維持、強化するため互いに協力する。この地域の関係各国の間に、相互の信頼に基づく協力関係が構築されることの重要性を確認するとともに、地域の信頼醸成を図るための枠組みを整備していくことが重要であるとの認識で一致した。双方は、朝鮮半島の核問題の包括的な解決のため、関連するすべての国際的合意を遵守する事を確認した。また、双方は、核問題及びミサイル問題を含む安全保障上の諸問題に関し、関係諸国間の対話を促進し、問題解決を図ることの必要性を確認した。北朝鮮側は、この宣言の精神に従い、ミサイル発射のモラトリアム(自粛)を2003年以降もさらに延長していく意向を表明した。
拉致問題は、(3)の「日本国民の生命と安全に関わる懸案問題」としてくくられ、具体的には宣言に盛り込まれなかった。そのかわり、金総書記が首脳会談の当日に拉致があったことを認め、拉致被害者14人の消息を明らかにした上で謝罪した。
日朝国交正常化交渉は、実質的には1990年から始まったが、具体的な進展が何もないまま来ていた。日本側が拉致問題や核問題を提起し、北朝鮮側は過去の植民地支配に対する清算や補償を求めたためかみ合わなかったからだ。
それが、急に首脳会談を行い宣言を出したのだから進展であることは間違いない。しかし、両国の懸案事項だった拉致問題と過去の植民地支配に関しては、「互いに忘れよう」と言っているのに等しいのが日朝平壌宣言だ。これに反して、核問題だけが将来の方向性を具体的に示した宣言になっている。
これはとても不自然だ。両国の宣言なのに、両国の最大の関心事について方向性が示されていない。日本の拉致問題については宣言文にも載らなかった。北朝鮮への補償問題は、日本政府がかつて韓国政府に行なったものと同程度のものだと解釈できる内容で、これに北朝鮮が同意するのなら、なにも長年にわたって主張する必要はなかった。
日朝平壌宣言は、両国の利益のために行われたものではないことが分る。では、誰のために行なわれたのか。それはアメリカだ。
日朝平壌宣言が行われたのは2002年9月17日だが、なんでこの日が選ばれたのか。この直前に、小泉さんは訪米している。目的は、9月9日に1年前に起きた9.11の同時テロの追悼式典に出席した後、国連総会の一般討論演説を行なうためだ。13日にはブッシュ大統領と首脳会談。そこで、ブッシュが小泉さんに金総書記宛のメッセージを渡されることに。メッセージの内容は「ミサイルや大量破壊兵器の拡散など国際社会が懸念している問題の解決について、北朝鮮が前向きに取組むように」というものだ。これは、9月7日に日本の政府筋が明らかにしたものだ。
表向きは、小泉さんが金総書記に会いに行くのなら、ついでにメッセージを頼むよという調子だ。しかし、実際は、まったく逆だったのではないかと痛切に思う。本当の流れは、こうだったのではないか。
日朝平壌宣言が行われた年の初めに、ブッシュ大統領は一般教書演説で、イラク、イラン、北朝鮮を「悪の枢軸」と名指しで批判した(2002年1月29日)。「悪の枢軸」という言葉の意味は、「悪の」とは東西冷戦時にレーガン大統領(当時)がソ連を「悪の帝国」と言った事があり、「枢軸」は第二次世界大戦時の連合国軍の敵対国家だった日本、ドイツ、イタリアの「枢軸国」3国を示すものだ。
あたかも、イラク、イラン、北朝鮮はかつて連合国軍が戦った日本、ドイツ、イタリアと同じだと言うのだ。「悪の枢軸」という語感は、ソ連(今のロシア)と日本、ドイツ、イタリアに対しては挑発的な言葉であり、イギリス、フランス、オランダなどの連合国に対しては強力な協調を促し、中国、ロシアに対しては連合国への同調を求めたものだ。
とは言っても、ブッシュが言った悪の枢軸の大部分はイスラム教国のイラクとイランを指していたもので、ブッシュにとっては北朝鮮はついでに付けた感じがする。しかし、アメリカの外交政策上では北朝鮮は外せないものだった。
当時の外交は、アーミテージ国務副長官が基本路線を敷いたものだと言われ、それによれば、アメリカはヨーロッパをイギリスとの同盟で支配し、アジアは日本との同盟で支配することになっていた。アメリカにとってみれば、北朝鮮を悪の枢軸に据えることで、日本を国際舞台に引き出すことができる。
ブッシュが一般教書演説で北朝鮮を悪の枢軸と指名した時点で、小泉さんの訪朝は画策されていたのではないかと思う。
ブッシュが、イラク、イラン、北朝鮮を悪の枢軸と決め付けた目的は、9.11以降、国際社会の重大な脅威は国際テロで、これを支援する国家や大量破壊兵器を開発している先、並びに人民を抑圧している体制の国家には容赦なく戦いを挑むことを宣言したところにある。
イラクとイランはアメリカが大事にしてるイスラエルの潜在的な脅威であるので、攻撃してもアメリカ国内の理解は得られやすい。しかし、北朝鮮はもともと相手にするような国ではなく、アメリカ兵が命をかけて戦ったら国民の批判が大きい。しかし、核開発だけは止めさせておかないと、核をテロ組織に売るかもしれない。
そこで、アメリカは北朝鮮とは戦わずして核を放棄させる方法を考えた。それが、最初にブッシュが脅し、そこに日本が助け舟を出し、最後は6ヵ国協議で北朝鮮の自由を奪うという方法だ。
そこで小泉さんは訪朝する破目になるのだが、訪朝の意義を日本国内に示すには、どうしても拉致問題をクリアーしなくてはならない。そのために3月からしきりに、「拉致問題の解決なくして〜」と言い始めた。
一方、アメリカの意向を具体化したのは日本の外務省だ。日本の外務省は伝統的にアメリカ寄りだ。アメリカもしょっちゅう変わる総理大臣よりは過去の経緯を踏まえている外務省を買っていた。外務省は、アメリカ政府の意向に沿って、北朝鮮に核開発を放棄させるための日朝首脳会談を準備した。そのための拉致問題解決だったのだ。
小泉さんは国民の人気で首相になったので「拉致問題解決なくしては日朝国交正常化はなし」と言わなくてはならなかったが、外務省は最初からアメリカの意向で「日朝国交正常化なくして、拉致問題の解決はない」との姿勢だった。
金正日に拉致を認めさせる役目は、日本には荷が重いことはアメリカ政府も先刻承知だった。できるのは、中国かロシア。最初に中国に当たったが、日朝会談は歓迎すべきことだと体よく断られた。この難問を引き受けたのはロシアだった。
ロシアは当時WTOの加盟を切望し、アメリカの強力が必要だった。9月の小泉訪朝の3ヶ月前の6月、カナダのカナナスキスで日露首脳会談が行なわれ、小泉さんはプーチンに拉致問題解決の協力を求めた。これを受けて、ロシアのイワノフ外相が7月28日から北朝鮮を訪問し、朝露外相会談で拉致問題を取り上げた。これには、アメリカの圧力があったのではないか。
小泉訪朝が発表されたのは、それから1ヵ月後の8月30日だ。この時点で、日朝平壌宣言の案文がアメリカの意向に沿って双方で完成していたはずだ。
以上が日朝平壌宣言がアメリカのために行われたとする私の推測だ。
日朝平壌宣言は、通常の日本人感覚からすれば受入れられる内容だった。ところが、拉致被害者の思わぬ死亡報告と、それを当初は外務省が拉致被害者家族に報告を遅らせたのではないかという疑惑で、日本国内は外務省批判と北朝鮮非難で世論がひとつになった。日本国民は外交と政治には無関心だと思っていた外務省とアメリカ政府にとっては、思わぬ誤算だったに違いない。
しかし、アメリカ政府の思惑通り北朝鮮は核開発については関係諸国としっかり協議していくと宣言し、ミサイル発射も行わないと宣言してくれた。これで、アメリカは北朝鮮の封じ込めに成功し、いよいよ本格的にイラクとイランに対して攻撃する準備ができることになった。
日朝平壌宣言のすぐ後、待っていたようにブッシュ大統領は「ブッシュ・ドクトリン」を発表した(9月20日)。これはアメリカの国家安全保障戦略で、悪の枢軸3国はテロの支援者だと決めつけ、アメリカ防衛のためには予防的な措置と時には先制攻撃が必要だと主張した。まるで悪の枢軸3国に対する宣戦布告のようなものだった。
それから半年後、アメリカはイラク戦争を一方的に開始したのだった。これに金正日は大変な脅威を覚え、金王朝体制維持のためアメリカとの二国間交渉を切望するようになる。しかし、相変わらずブッシュ政権は北朝鮮を相手にしたくない。そこで今度は、安倍さんに中国と一緒になって北朝鮮に核開発を止めるよう要望したとの憶測がある。そのための安倍訪中だったのか。
もしそうなら、北朝鮮は、アメリカとの二国間交渉を求めるために、日本に原爆を落とす可能性がある。追い詰められた北朝鮮がアメリカを振り向かせるための攻撃だ。日本が北朝鮮に攻撃されれば、日米安保条約でアメリカは日本のために北朝鮮と戦争しなくてはならない。しかし、現実にはアメリカにその気はない。あればとっくにアメリカは北朝鮮を攻撃している。だから、アメリカは折れて北朝鮮と相互不可侵条約を結ぶというシナリオが考えられる。
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参考資料:
Microsoftエンカルタ総合大百科2006:「日朝平壌宣言」「ブッシュ・ドクトリン」「悪の枢軸」「イラク戦争」
北、核実験準備の情報 観測用ケーブル確認/米TV報道 [2006年8月18日読売新聞東京夕刊]
外務省の「拉致」安否情報隠し 与党内に批判相次ぐ [2002年9月20日読売新聞東京朝刊]
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「南北交戦が関係進展の障害にならぬよう」 北朝鮮の金総書記、露外相に語る [2002年8月2日読売新聞東京朝刊]
訪朝の結果、韓国に説明/イワノフ露外相 [2002年7月31日読売新聞東京朝刊]
北朝鮮の金正日総書記、経済改革の必要性表明 [2002年7月30日読売新聞東京朝刊]
イワノフ・ロシア外相、平壌入り 金総書記に大統領親書を手渡す [2002年7月29日読売新聞東京朝刊]
「プーチン大統領の親書、金総書記に渡す」 訪韓中の露外相が会見 [2002年7月28日読売新聞東京朝刊]
小泉首相の訪露準備、本格化で一致/日露次官級協議 [2002年7月25日読売新聞東京朝刊]
「日本人拉致」議題化も イワノフ露外相、月末の訪朝時に [2002年7月17日読売新聞東京朝刊]
北朝鮮の白南淳外相が訪露 [2002年5月21日読売新聞東京朝刊]
不審船引き揚げ 小泉首相と会談、中国首相「冷静、慎重処理を」 中国世論に配慮 [2002年04月13日産経新聞東京朝刊]
日韓首脳会談 首相、日米韓の連携強調 対北政策に隔たり「拉致」解決へ独自策も [2002年03月23日産経新聞東京朝刊]
小泉首相 「拉致」解決へ強い意欲 日韓連携強化を表明 [2002年03月22日産経新聞東京朝刊]
首相、あす訪韓 「国交正常化の大前提」 拉致解決へ連携 [2002年03月20日産経新聞東京朝刊]
拉致家族 早期解決を「直訴」 首相「日本国全体の問題」 [2002年03月19日産経新聞大阪夕刊]
【主張】北朝鮮拉致問題 「解決優先」で外交統一を [2002年03月19日産経新聞東京朝刊]
【ニュースクリック】拉致被害者家族が署名託す [2002年02月15日産経新聞東京朝刊]
米一般教書演説 北朝鮮・イラク・イラン「悪の枢軸」と対決姿勢、兵器拡散警戒 [2002年1月31日読売新聞東京朝刊]
参考サイト:
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