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岸田 徹 【岸コラ】 |
| このコラムは、「『再チャレンジ支援』って、いったい何だ。」(10月3日)の続きです。 |
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これからの社会を森元首相は「事後監視・救済型」と呼び、小泉前首相は「事後チェック・救済型」と言いなおし、安倍新首相はだれでもが「再チャレンジ」できる社会と描いてみせた。
森さんと小泉さんはが言った「救済型」が安倍さんの言う「再チャレンジ」の元になっているのは確かだが、「救済型」社会と「再チャレンジ」できる社会とは意味が違う。安倍さんの言う再チャレンジできる社会というのは、格差社会によってできてしまった「勝ち組」「負け組」を固定化させない社会ということで、一度「負け組」に入った人たちでも、再度「勝ち組」に入るための挑戦ができる社会を目指している。そのための資金援助などを行なっていこうというのが安倍さんの主張だ。
これに対して、森さんと小泉さんが言った「事後監視(事後チェック)・救済型」社会とは、格差社会には関係なく、これまでの「事前規制型」社会から「事後監視・救済型」社会になるとの前提で司法制度をはじめ既存の制度を改革していかなくてはいけないと言っている。
「事前規制型」の社会に今まで我々がいたと言われても、いったいどんな社会なのか、実感できないだろう。日常生活の中ではなかなか実感できないかもしれないが、我々の生活は、「事前規制」の上に成り立っている。その規制を取り除くために我々は「規制緩和」を求めて、小泉さんの改革を応援していたはず。なにも郵政民営化だけが小泉改革ではなかった。
では、その「事前規制」とはいったい何なのか。それは、ズバリ、役人が行なう行政指導のことだ。例をあげればきりがないが最近の事例をあげると次のようなものだ。
○ 広島競輪場では、5年間で1度しか消防訓練を行なっていなかったので、広島市消防局は、広島市競輪事務局に消防訓練を実施するように8月に行政指導をした。
○ KDDIのインターネット接続サービスの「DION」から約400万人分の個人顧客情報が流出したが、9月21日に総務省は個人情報の適正な管理を徹底するよう行政指導した。
○ 前橋市にある「ドイツ村」ではレストランで提供するソーセージなどを作る際、いなくてはいけない食品衛生管理者が不在だったので8月30日群馬県の行政指導を受けた。
○ 昨年10月に完成した千代田区の「イタリア文化会館」は壁の色が赤く、周辺の景観と調和しないということで、地元住民が東京都に行政指導を求めている。
○ 新潟県では旅館や日帰り温泉施設などに「温泉成分の分析」について調査を行なったが、そのうちの2割が10年以上分析をしていないことが分かった。去年からは温泉の加水や加温、循環利用の有無などを表示することも義務付けられたが、行なっていないところもある。県の環境衛生課は「行政指導には限界がある」として有効期限のない温泉利用許可を更新制に改めるよう国側に要望している。
○ 埼玉県志木市では、成田空港までヘリコプターでお客を運ぶ「雄飛航空」が9月1日から運航を開始しようとしたが、志木市がヘリコプターの発着場は農地の転用なのでその手続がなされていないと行政指導を行なった。雄飛航空側は発着場は臨時のものなので農地転用などの手続は必要ないと主張が食い違ったまま対立し、運行開始を延期した。結局、雄飛航空は市との協議にこれ以上労力をかけることに疑問を感じたと別の場所での運行を検討し始めた。
○ 血液製剤の「ファブリノゲン」などを投与されてHCVに感染したとして国と旧ミドリ十字などを相手に損害賠償を求めた裁判が8月30日福岡地裁であった。裁判長は、代替製剤の使用が可能だったのに製薬会社が安全性確保義務に違反し、国が規制や行政指導をしなかったことは違法と結論付け、1億6千830万円の賠償を命じた。
以上のように、行政指導はしょっちゅう行なわれている。「行政」とは国の機関などが法律や政令などの法規に従って行なう政務のことだ。だから、行政指導を行なう場合には、その指導を行なう根拠となる法律がある。例えば、最初の広島の競輪場で消防訓練が行なわれていなかったというのは、災害対策基本法に違反する。だから消防訓練をするように県が指導したのだ。これは、とてもいいことだ。もし、広島県が消防訓練をやっていない事実を把握しながら行政指導をしなければ、血液製剤の裁判のように、行政上の違法性を指摘されてしまう。
しかし、広島市の消防局が同じ広島市の競輪事務局を相手取り消防訓練を行なっていないと訴訟を起こすのは適当ではない。だから、行政指導を行なう。これが日本の慣行だ。何も指導する先は官庁ばかりではない。民間の事業所も労働基準監督署が労働条件について行政指導したり、旧大蔵省や現金融庁は金融機関を行政指導しているなど、ありとあらゆる先を指導している。しかし、これはもともと指導して分ると思われる先にしているわけで、平気で法律を犯そうとしている先は指導が及ばない。
日本では、このように公の機関が法律や規則を守るように事前に指導しているのだが、これには弊害もある。
例えば、間違って行政指導してしまった場合、誰がその責任をとるのか。また、行政指導を行いそれに従っていたのに、違法性を問われた場合、誰がその弁済をするのか。また、行政指導の立場を利用して、その業界と馴れ合いが生じ、天下りの温床にならないか。また、外国人などが入りづらい業界の形成にならないか、などだ。さらに、本質的なことを言えば、法律そのものが行政指導を前提として作られたものがあり、法律の条文だけでは規制が難しい部分がある。
行政指導は個別指導のため、法律のように誰でもが読み理解できる形式になっていない。責任の所在も極めて曖昧だ。本来、国の統治は、司法、立法、行政と三権がそれぞれ独立したところで行なわれるのが健全だ。ところが、行政指導は、司法権とダブるところがある。
戦後の日本はアメリカの統治体系を手本に制度が決められた。しかし、その運営形態は全く違う。アメリカでは自由に取引が行なわれ、不都合があればそれぞれが立場や権利を主張し、それをすぐに第三者に裁定してもらう。日本では、自由に取引を行なう前に予想される不都合を協議し、事前に不都合が起きないように調整や規制を行なう。
アメリカがすぐに訴訟沙汰にするのに反し、日本では裁判沙汰を嫌うのはこのやり方の違いからだ。このため、アメリカでは裁判が短期間のうちに結審される体制になっているが、日本では裁判より事前調整と事前規制に力を入れているので、裁判になってしまうと審判体制が疎かなので時間がかかる。そのかわり裁判の数はアメリカよりも少ない。事前に規制しているからだ。
グローバル化される潮流の中で、日本市場を狙う外国勢力からは、分りづらい行政指導をやめ、何かあったら法律に照らし合わせて裁判で決着するやり方を日本でも行なうように要望してきた。何でも行政が判断するのではなく、弁護士など民間が関与する司法の判断を求めているのだ。日本は行政指導を法制化するなどの抵抗を試みたが、結局押し切られるのは目に見えていて、法務省は早くから事前規制型の社会構造崩壊を予測していた。
これからは、事前規制はせずに、事後監視で社会を縛り、裁判を迅速に行なう体制で、一度裁判沙汰になってしまうと立ち上がれなくなるようなことにはならないようにしようというのが、「救済型」の趣旨だ。
単純に言えば事前に縛るか事後に縛るかの差だ。事後の方がフェアで国際的にも受入れられるというのなら、これはこれでいいことだ。ところが、これが大変な問題。事前に縛っていたのは官僚たちで行政に携わる公務員だ。ところが、事後で縛るのは司法に携わる裁判官などの公務員と弁護士などの民間の専門職だ。この体制移行は、事前に携わっていた公務員を減らし、事後に携わる民間の専門職を増やすことになる。公務員の指導的地位がなくなるばかりか、公務員の削減に直接的に影響する。
事後の監視の方が事前の規制より大きな網が必要だ。裁判沙汰になることが多くなるのだから、裁判をやったことがない人に適切な案内をしなくてはならない。裁判所の数も増やさなくてはならないから、裁判官ばかりか弁護士の数も増やさなくてはならない。民間の司法事務所は大忙しになるはずだ。
ところが、これらを調整するセンターが国によって設立されてしまったのだ。「日本司法支援センター」(略称「法テラス」)がそれだ。役所ではないが、国が100%出資した独立行政法人で、法律相談や民事事件での弁護士費用の立替えや犯罪被害者支援などを総合的に行なう。その設立のために、政府は2004年に総合法律支援法を制定した。例の裁判員制度を盛り込んだ法律と同じ時期に出されたものだ。法テラスの所轄官庁はもちろん法務省だ。
これが今月2日から稼動し、コールセンターには初日から2,368件の電話があったと「人気ぶり」が報じられた。事前にテレビのCMがあったわけではないのに、ものすごい数の電話だと思われがちだが、このぐらいの件数があるのは当り前。というのは、この手の相談電話はもともと日本弁護士連合会が「法律扶助協会」という財団法人を作って1952年から行なっていた。そこが、この法テラスの設立でその業務を法テラスに譲ったのだ。
法テラスという略称は「法で社会を明るく照らしたい」つまり「法で照らす」から来た駄洒落を自ら採用したものだ。名前もおかしければ、その存在も実におかしい。そもそも、裁判官は法務省が管轄する公務員だ。それに検事が同じく法務省が管轄する公務員。そこに同じ法務省が管轄するセンターの弁護士がいて裁判を行なうなんて、まるで国がレールを敷いた行き着く先に自動的に向かわされるようなもの。こんなバカな仕組みの裁判はない。少なくとも弁護士は国の権力からは完全に独立すべきだ。
その意味では、法律相談や弁護士の斡旋は、民間レベルか以前のように弁護士連合会の運営で行なわれるのが適当だ。ただし、運営資金については別途考える必要はあった。
もともと行政指導は法務省あたりでは行なわれることは少なかったはずだ。だから、行政指導をしていた役人をそのまま法テラスに差し向けるようなことはできない。
しかし、法務省管轄の法テラスのような独立行政法人ができるとかっこうの天下り先になる。これまで行政指導をしていた経産省や総務省、国交省、厚労省の役人たちに法テラスへの天下りを斡旋すれば、法務省の役人は斡旋先の管轄下にある独立行政法人に天下りを斡旋してもらえる。天下りのバーター取引だ。
「日本司法支援センター」という正式名称の名付け親は小泉さんだった。当局は「リーガルサービスセンター」としたかったらしい。とにかく、訳の分からない存在は横文字に限るからだろう。それを小泉さんがお年寄にもちゃんと分るようにしろと指示したためにこのような名前になった。その前の当局での通称は「司法ネット」だった。まさに、天下り先のネット取引のようだ。
日本は、小泉さんの小さな政府の実現で大きな独立行政法人の国になってしまった。官僚までが政府から独立して今まで以上に好きなことをやる。官僚大国日本だ。
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参考資料:
Microsoftエンカルタ総合大百科2006:「行政指導」
広島競輪場、5年間で訓練1度 消防局が行政指導=広島 [2006年10月4日読売新聞大阪朝刊]
個人情報流出でKDDIに行政指導/総務省 [2006年9月22日読売新聞東京朝刊]
死亡した動物、前橋ドイツ村施設内に埋葬=群馬 [2006年9月16日読売新聞東京朝刊]
東京都、ビルの奇抜な色排除 基準外に変更命令 景観条例改正へ 2006年9月14日読売新聞東京朝刊]
温泉成分 2割が10年以上分析せず 県が旅館や施設など調査=新潟 2006年9月5日読売新聞東京朝刊]
志木ヘリポート計画問題 「別の場所で運航も」業者再検討=埼玉 [2006年9月2日読売新聞東京朝刊]
宙に浮く民間ヘリポート 「農地転用」巡り、志木市と業者譲らず=埼玉 [2006年9月1日読売新聞東京朝刊]
薬害肝炎の救済拡大 1980年以降、国・企業に責任/福岡地裁判決 [2006年8月31日読売新聞東京朝刊]
司法ネット拠点の名称、やっと決定 日本司法支援センターに [2004年2月20日読売新聞東京朝刊]
参考サイト:
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