富田メモで「分った事」と「分らない事」 「敵兵を救助せよ!」が物語る別の真実

安保理のイラン制裁警告決議とヒズボラの密接度

岸田 徹 【岸コラ】
2006年8月1日(火)

この地図はマイクロソフトエンカルタ総合大百科2006の地図を元に作成しています。ウラン濃縮を止めるようイランに警告する安保理決議とヒズボラとイスラエルの報復合戦は密接に関係しているという。

ヒズボラはレバノンのイスラム教徒たちの政党だ。レバノンは中東にありながらキリスト教徒が3割ほどを占める国。さて、そのヒズボラとイスラエルとの戦闘が、ウラン濃縮を止めるように言われたイランとどう関係ししているかは次のように言われている。

ヒズボラはイスラム教シーア派の政党で、イランが武器などの援助をしている。イランはやはりイスラム教シーア派の国だ。一方、イスラエルはアメリカとイギリスから武器の援助を得ている。イスラエルはユダヤ教の国を造ろうと、もともとイスラム教徒のアラブの土地に侵入してきた。これにイランは反発している。だから、ヒズボラとイスラエルの戦いは、イランとアメリカの反目の上にあるという事で、安保理のイランへの決議は、ヒズボラを援助しイスラエルを攻めているイランへの攻撃中止決議だと説明されている。(8月1日日経新聞)

分りやすい解説だが、歴史的にはイラン制裁警告決議とヒズボラ―イスラエル戦闘は全く別物だ。

イランが核開発を行なっているかどうかは、イラクのときと同様まだ完全に判明しているわけではない。疑いがあることは事実だが、それが平和利用なのか軍事利用なのかは明確ではない。

イランはイスラム教の国になってから長い歴史があるが、平坦な歴史ではなかった。アメリカ寄りの政策も取りながら、1979年に起こったイラン革命でアメリカ大使館が占拠され大使館員が人質になったことからアメリカ市民のイランへの印象は悪い。しかし、どうもアメリカ政府はその市民感情を利用してイランを敵視する政策を取っている節がある。

イラン革命後のイラン政府も決して一枚岩のイスラム原理主義政策を取ってきたわけではなく、徹底したイスラム化と経済発展を望む温和なイスラム化の争いの連続だった。その天秤が自由主義化に傾く都度、イランはアメリカとの対話をアピールするのだが、アメリカの方が知らん顔。アメリカはイランを敵に回す政策を取るのだ。その理由は、イランが敵視するイスラエルを守るためという解説が付く。

一方、ヒズボラのイスラエル攻撃は今に始まったことではない。1993年にヒズボラはイスラエルに対しロケット弾を発射したとしてイスラエル空軍がヒズボラの基地を攻撃している。さらに1996年にはイスラエル軍が同様の理由でレバノンの難民キャンプを攻撃し難民100人が死亡した。この紛争にはドイツが調停に入り、2004年にお互いの捕虜を交換するまでに至った。

今回のイラン制裁警告決議案も、常任理事国にドイツが加わり、もし安保理の決議をイランが受入れれば、原発建設などを認める見返り案を提示している。なぜドイツはこの問題に気を遣うのかというと、ユダヤ人虐殺の呪縛から逃れられないでいるという見方をイランの大統領がしている。

ドイツは常に問題解決の姿勢を示すが、アメリカと姿勢を同じくするフランスの姿は利権が絡む。

実は、ヒズボラが政党活動をしているレバノンは、3割がキリスト教徒だと述べたが、その理由はフランスにある。レバノンはもともと隣国シリアの領土だった。それをフランスがそそのかしレバノンをシリアから独立させた(1926年)。独立させたといっても実際には植民地のようにしていた訳で、莫大な権益がそこにはある。それが第二次世界大戦終了後まで続いていた。

これが、中東諸国の中にあっても唯一レバノンにキリスト教徒が多い理由だ。この影響で今でもレバノンは大統領はキリスト教徒、首相はイスラム教徒と決められている。また、議会の構成人数も各宗派ごとに厳しく決められている。どうしてそうなったかは、フランスが強引にレバノンに押し入り、イスラム教徒の中にキリスト教徒を押し込んで、両方の合意がなければ行政が動かない仕組みを作ったからだ。これでは、実際動くはずがなく、今でも政治的に停滞を招く原因になっている。

この体制の中でレバノンは西欧諸国の援助を受けるキリスト教徒の市民層と貧困を強いられるイスラム教徒の間で格差が広がり国家の重大な問題になっている。その中にあってヒズボラはイスラム教徒の自主と格差社会の弊害を取り除く活動を行いイスラム教徒から絶大な信頼を得ている。この活動に援助を与えているのはイランよりむしろシリアの方だ。日本のマスコミがこの点を指摘せずに、ヒズボラがイランから武器援助を受けていると一方的に報道するのは、アメリカの宣伝にそのまま乗っている証だ。

イランの核開発疑惑とヒズボラのイスラエル攻撃をリンクさせるのは、アメリカ的な見方に過ぎない。どうしてアメリカがそういう報道をするのかと言えば、イランと戦争する気があるからではないかという疑いがある。イスラエルはイランを脅威だと発言するが、イスラエルの脅威はイランばかりではない。もともとアラブの土地に建国しようとしている訳だから、イスラム教国のすべてが脅威なのだ。イラン、イラク、シリア、ヒズボラのレバノン、隣国はすべて脅威だ。だから、イスラエルはむしろイランと敵対し戦争になったら大変なことになるという認識がある。この認識が右派と左派とで天秤が揺れるのだ。しかし、基本的には隣国と友好関係を築いた方がはるかに国益に叶っている。アラブ諸国が領土問題解決に全く耳を傾けないわけではないのだから。どこか一国でも敵に回せば事は厄介だ。

しかし、アメリカはイスラエルのためにイランに制裁を加えるという。当のイスラエルはアメリカにそんなに味方してもらったのでは隣国同士との関係がこじれ、ありがた迷惑だと感じている人たちも多いはず。どうも、アメリカは言っている事と目的とするところが違うのではないか。

そこで、日本の立場が厄介だ。日本はイランから日本で消費する石油の15%近くの原油を輸入している。絶対に敵に回せない相手だ。さらに、イスラム教国のインドネシア、マレーシア、ブルネイからは天然ガスの供給量の6割以上を輸入している。日本とイスラム教国との付き合いは実に緊密で、この付き合いを急発展でエネルギー資源の供給先を求めている中国に取られたら生きていけない。

アメリカは国家予算の四分の一が軍事費で、世界のどこかと戦争をしていないと国家が運営できない仕組みだ。一方、日本は世界のあらゆる国々と仲良く付き合い、世界で最も安い材料を買い求める事ができないと、安くてよい製品を輸出できない仕組みの国家だ。だから、絶対にどこの国とも戦争をしたくない。この基本的に違う国家の仕組みをもつ両国が、安全保障を一体化していいのだろうか。いいはずがないのだが、それを考えるための情報は今回のようにアメリカ寄りの情報しかないのが致命傷。誰もがアメリカ追随で大丈夫だと思ってしまう仕組みが日本にはある。

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参考資料:

Microsoftエンカルタ総合大百科2006:「イラン」「レバノン」「シリア」

レバノン危機 イランが幕引き模索 ヒズボラの戦闘能力「温存」が思惑? [2006年7月29日読売新聞東京朝刊]

陸自ゴラン高原PKO レバノン緊迫で行動禁止地域拡大(解説) [2006年7月29日読売新聞東京朝刊]

イスラエルのレバノン国連施設空爆 安保理、議長声明巡り協議難航 [2006年7月27日読売新聞東京夕刊]

イラン大統領、独首相に書簡 「反イスラエル」高める狙い? [2006年7月21日読売新聞東京朝刊]

[社説]国連の「平和維持活動」と日本 [1986年10月3日読売新聞東京朝刊]

田中宇の国際ニュース解説:大戦争になる中東(2)

参考サイト:

天然ガスを巡る動向

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