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岸田 徹 【岸コラ】 |
佐渡で暮らすジェンキンスさんが、イギリスの新聞「インディペンデント」の独占インタビューに応じた。イギリスには99の全国紙があるが、インディペンデントはタイムズ、ガーディアン、デイリー・テレグラム、ファイナンシャル・タイムズとともに高級紙として名高い。インテリ向けの新聞だ。日本の記事はめったに出てこない。
インディペンデントのオンライン版には3月7日に掲載された同記事が9日にアップされている。ホームページから見るには、NewsをクリックしてWorldをクリックしてAsiaをクリックして7日の3つの記事のうちのトップだ。通常なら見過ごしてしまいそうな扱いだ。
7日にロンドンから共同通信と時事通信がこの記事のことを日本に報じているが、日本の三大新聞(朝毎読)は取り上げていない。日刊スポーツは記事の内容を短く報じた。
記事の内容は、平壌の自分の自宅付近の山中にソ連が設置したミサイルがあり、それが日本と韓国を標的にしていたとか、曽我ひとみさんのお母さんは、拉致されたときに頭を殴られ海に投げ込まれたのだと思うとか、日本でアメリカ軍に投降し事情聴取で色々軍に関する情報を提供したが、アメリカ軍はジェンキンスさんが集めた情報の10分の一も得ていなかったとか、7月には日本国籍を申請するなどというもの。
ちょうど1年半前(2004年9月)にジェンキンスさんが東京女子医大に入院していた時、香港のファー・イースタン・エコノミック・レビュー誌が日本のマスコミを尻目に独占インタビューを行なった。この時の衝撃に比べれば、今回の記事はインパクトが少ない。
ところで、ジェンキンスさんはどうして外国の記者にばかり会うのだろうか。同じ英語圏の人でないと真意が通じないからだと言われたりしているが、実は、それは間違いだ。ジェンキンスさんは、外国の報道機関ばかりではなく、ちゃんと日本のマスコミのインタビューにも応じているのだ。例えば、インディペンデント紙に書かれた7月に日本国籍を申請するというのは、2月2日に読売新聞の独占インタビューで夏以降に日本国籍を取得する考えを明らかにしている。
そのインタビューでは、拉致されたタイ人女性のアノーチャさんが曽我さん家族の近くで9年間生活していたとも語り、「もう1人、子どもができたら私に育てさせて」とアノーチャさんが話すほど親しかったとジェンキンスさんは読売新聞に応じている。
また、記事を変えて、やはりその時の読売のインタビューで、曽我さんが日本に帰り20ヶ月以上会っていない間に、北朝鮮からは、アノーチャさんと再婚しないかと勧められたとも証言している。
朝日新聞にも、毎日新聞にも産経新聞にもジェンキンスさんは独占インタビューに応じている。
それにひきかえ、地村さん、蓮池さん、曽我ひとみさんはどうしてインタビューに応じないのだろうか。地村さんのことはお父さんが、蓮池さんのことはお兄さんが代弁し、曽我さんはよくコメントを紙にして発表する。しかし、直接個別の新聞社やテレビ局のインタビューには応じていない。
実は、新聞協会と民放連は、拉致の「家族会」と「救う会」との間で取り決めを行い、直接5人の被害者には個別取材をしないという報道自粛をしていて、それが解除されていないのだ。
何でそうなったのかは、「集団的過熱取材(メディアスクラム)」のためだとされている。地村さん、蓮池さん、曽我さんの故郷では一時的に大量の報道陣が駆けつけ、日常生活を麻痺させ、報道被害にあったという理由だ。
しかし、恐らく心情的には、キム・ヘギョンさんへの報道がきっかけになったのだと思う。拉致被害者の5人が帰国したのが2002年の10月15日、「一時帰国」との情報もある中、政府は24日に5人を北朝鮮に戻らせないと発表した。その直後の25日毎日、朝日、フジテレビの3社が横田めぐみさんのお嬢さんであるキム・ヘギョンさん(当時15歳)に高麗ホテルで合同インタビューしたのだ。
このインタビューでは、めぐみさんが拉致されたことを知っているかなどの質問がされ、困惑するヘギョンさんの表情がテレビで映し出され、マスコミ非難が起きた。同時に、ヘギョンさんは「母が日本人だからといって日本には行けない。おじいさん、おばあさんにはこちらに会いに来てほしいと思う」と語った。
横田めぐみさんは、5人が帰国した際、「自殺した」と北朝鮮より説明されていた。この知らせを聞いた横田さん夫妻の精神状態を考えれば、せめて孫にだけでも会いたいと思っても不思議ではない。もし、このとき横田夫妻が北朝鮮に行っていたら、5人の永住帰国は展開が違っていたかもしれない。
北のプロパガンダに3社は利用されたとの非難が集中した。これは、マスコミ業界にとっては大きな痛手だった。弱みを握られたように新聞社とテレビ局は、個別取材はしないという「取り決め」に応じた。
それから5ヵ月後(2003年3月末)、新聞協会と民放連、それと日本雑誌協会の三者は「家族会」と「救う会」に対し、個別取材を実現するよう要望書を出した。これに対して「家族会」と「救う会」は、「帰国者は家族が北朝鮮に残る微妙な立場が続き、神経をすり減らす生活を余儀なくされている。警察の聴取にさえ応じていない。家族が帰国して状況が変わるまでは節度ある取材を再度お願いしたい」(時事・世界日報)と返答し、個別取材は実現されなかった。
それから、1ヶ月ちょっとで地村さん、蓮池さんの子供たちは無事両親の元にかえってきた。さらに、しばらくするとジェンキンスさんと二人のお嬢さんは劇的にジャカルタの飛行場でタラップを降り、ジェンキンスさんと曽我さんは熱い抱擁をした。
「帰国者の家族」は全員日本にかえったが、個別取材の規制は続いたままだ。その理由はどこにあるのだろうか。
まだ帰らぬ拉致被害者が多くいる。その人たちの安否を気遣って報道の規制をしているという理由がひとつ考えられる。しかし、ジェンキンスさんだってそれらの人々が一日も早く帰ってくることを望んでいるはずだ。安否を気遣っていないはずはない。もし、そのことが弊害になるのならジェンキンスさんがインタビューに応じるたびに非難が集中し二度とやらないように圧力がかかるはずだ。しかし、そんな非難は聞いたことがない。だから、それは理由ではない。
地村さん、蓮池さんご夫婦と曽我さんの5人の拉致被害者とジェンキンスさんの違いはどこにあるのかというと、ひとつには国籍。5人は日本人だがジェンキンスさんはアメリカ人だ。だから、5人は日本政府の意向でインタビューには応じないことも考えられる。
しかし、ジェンキンスさんもすでに佐渡に永住することを考えているので日本政府の意向があるのだったらそれを無視することはできない。だから、この理由も違う。
5人は日本から拉致されたが、ジェンキンスさんは自ら北朝鮮に行った。ここは大きな違いだ。ここに何か隠された理由があるのではないだろうか。
5人には早く日本での自分の生活を取り戻してもらいたいという日本国民の願いがある。そのために、過剰なマスコミ攻勢は避けるべきだという主張が国民の間にはある。
しかし、同時に他にもまだ安否がはっきりしない横田めぐみさんなどの被害者や政府が認定していない「拉致被害者」を一日も早く救出したいという強い気持ちも日本国民の間には存在している。その気持は5人の方々にも当然あるはずだ。そのためには、先頭をきって真実を語り、世論に訴えたいという衝動に駆られるときもあるのではないか。
5人の発言は、世論を動かす大きな原動力となるはずだ。これは、誰かがそう言っているという間接的なものではぐっと影響が下がる。直接北朝鮮の拉致事情を知る本人が声を上げることが最も人々の気持を動かし、それが政府を後押しし、問題解決を早めることになる。少なくともジェンキンスさんはそのつもりで個別取材に応じているはずだ。
じゃ、5人はなぜ個別取材には応じないのだろうか。5人とジェンキンスさんの違いは拉致されたかされてないかだ。他の拉致被害者を救出したいという気持ちは間違いなく同じだ。こうなると、問題が解決されては困る人が、5人の個別取材に圧力をかけているのではないかと疑いたくなる。
つまり、拉致事件の全貌があらわになると困る人たちだ。もちろん北朝鮮の関係者は困るだろう。しかし、個別取材がいまだに実現しないのは日本でだ。拉致の全容解明がされて困る人たちが日本国内にいるという事ではないだろうか。それも、その困る人たちは想像よりはるかに多く、さらに組織的に活動ができて圧力がかけられる存在なのではないか。
拉致された人がいて、拉致した国の元首がそれを認め、拉致された国の元首が双方で早期に解決したいと言ってからもうすぐ4年だ。これほど明確な問題が解決できない国家なんていったいどんな意味があるというのか。人の命がかかわる問題を最優先で解決できない。これは、相手ばかりの問題ではない。
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参考資料:
Microsoftエンカルタ総合大百科2006:「拉致問題」「イギリス」
ジェンキンスさんに聞く 複数国当局に拉致情報提供 [2006年03月03日 産経新聞東京朝刊]
ジェンキンスさん、夏以降に日本国籍取得へ=新潟 [2006年2月3日読売新聞東京朝刊]
新聞週間特集 拉致の真実・制約の間で [2003年10月15日読売新聞東京朝刊]
拉致被害者 個別取材を 新聞協会などが申し入れ [2003年04月01日 産経新聞東京朝刊]
[記者メール回顧](9)「拉致」過熱取材の現場=岐阜 [2002年12月27日読売新聞中部朝刊]
集団的過熱取材 自粛を申し入れ 「拉致」で新聞協会 [2002年09月29日 産経新聞東京朝刊]
参考サイト:
人権と報道(2)拉致報道・メディアスクラム・人権擁護法 京都学園大学 メディア文化学科 隅井孝雄
メディアの危機を訴える市民ネットワーク メール・ニュース vol.11(4)発行:2003年 2月12日
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