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岸田 徹 【岸コラ】 |
ジェイコムという会社は、人材派遣会社だが、どこの会社にでも派遣するというわけではない。自分のところで携帯電話の販売会社を経営していて、そこで育てた人材やそこで得たノウハウで研修した若者を他の携帯電話の販売会社に派遣している会社だ。携帯電話の普及が急速だったので、ジェイコムも急成長した。
特色のある人材派遣業なので、いわゆるベンチャービジネスと言える。東京証券取引所(東証)でベンチャービジネスの株式公開の場が「マザーズ」なので、ここからジェイコムは新規上場した。上場の手配をした幹事証券会社は日興シティグループ証券だ。
ジェイコム上場は12月8日(木)だった。もちろん、この日は大安。この日の朝方、みずほ証券の法人顧客がジェイコム株を1株、61万円で売りたいという注文をしてきた。みずほ証券の担当者はさっそく端末機で1株を61万円で売りとのオペレーションを行なったのだが、そこを間違えて61万株を1円で売りと打ってしまった。「事件」はここから起きる。
みずほ証券の端末機が、そんなに株式数がないので間違いではないかとの警告のメッセージを発した。当たり前の話だが、証券会社は株の売買を行なう会社だ。東証はその売買の場所だ。だから、東証に売りの注文を出すときには、その証券会社には売るべき株券があるはず。
ところが、実際には株券がなくても売買の注文がなされる。空売りというもので、例えば注文主は株を持っていなくても証券会社から一時的に借りて、売る。しばらくたって安くなったら再び買いを入れて株券を手に入れて証券会社に返す。例えば1株50万円で売って、40万円で買えば10万円の儲けだ。資金も人手もいらない。借りた株は1株で、返した株も1株だから、貸した方にしてみれば同じ1株。ただ、50万円で売って、60万円に上がってしまうと10万円の損が出るので、リスクがない訳じゃない。
ちょっと横道にそれたが、そうした空売りがどこの証券会社でも通常の業務として行なわれているので、株券がそんなにないのに売ってもいいのかと端末機が警告しても、「いいよ」と指示してしまえば、1円のジェイコム株が61万株市場に出てしまう。これは、コンピューターのシステムが悪いのではなく、そういう業務にコンピューターのシステムが連動していただけのこと。これが9時27分のことだった。
この動きに異変を感じた先がみずほ証券の他に三者いた。ジェイコム、東証、投資家だ。新規上場の動きをずっと見ていた三者だが、東証と投資家の動きは俊敏だった。さらに、誤発注したみずほ証券の動きも俊敏だった。ここは、見解がいまだに異なるのだが、異変に気が付いた東証がみずほ証券に訂正の依頼をしたというのと、みずほ証券が訂正をしようとしたが端末入力ができずに東証に問い合わせたというのと両社では見解が違う。
いずれにせよ、9時29分には訂正のオペレーションをみずほ証券が試みているができない。一時、その変更オペレーションが操作ミスだと報じられたが、どうも、操作のミスではなく、新規上場の時にはもともと訂正できないシステムだったようで、これがシステムの欠陥だったと東証が認めることになった。
その2分後の9時31分には個人投資家がこの異変に気付きヤフーの掲示板に「何これ?笑」と書き込んでいる。その1分後には発行株数を超える売り注文だという事に個人投資家は気が付いていて、9時32分には「誤発注だ、買いを入れろ」と書き込まれた。その時すでに株価は572,000円でストップ安。
みずほ証券は、訂正がきかないので9時37分買い戻しに入った。1円で売りに出した株は実際には成り行き注文の扱いになり、買いたい人が殺到したこともあってそれなりの値が付いたはずだ。いくらかは個々の値段なのでよく分らないが、売れた株をみずほ証券はすぐに買い戻し、その損失が270億円だと言われているし、買い戻した株式数は47万株だと言われているので、単純に平均すれば1株あたり57,500円ほどの上乗せ価格で買い戻したことになる。
みずほ証券が買い戻しに走ったので今度は値が上がり、9時43分には772,000円のストップ高になってしまった。ストップ安とかストップ高というのは、あまりに急激な株価の乱高下のもとで売買すると市場がおかしくなってしまうので、これ以上安い(高い)価格では売買してはいけないとする市場のルール。今回の場合、572,000円でストップ安になった。これは、実際にはこれ以下の価格なら買いたいという人が多いことを意味する。みずほ証券が61万株もの大量の株を売ると言ったのだから、あまりの量で、高い株価では買いたいと思う人が少なく、安ければ買ってもいいという人しかいないで取引が成立しなかった。
ところが、一転してみずほ証券が買い戻しに走ったので今度は、これは高く売れるぞと思った人たちがなかなか売らなかったのでストップ高の772,000円になった。このときには、これ以上の価格なら売ってもいいという人が多く、取引が成立しなかったことになる。
この日の市場は、ストップ高のまま売買が行なわれず終わってしまった。61万株売り出して47万株買い戻したので14万株ほどありもしない株が売れてしまったことになる。
今日の報道によれば、みずほ証券が実際に買い戻せなかった株式は9万6千株ほどとのことだ。このうち、モルガン・スタンレーや主幹事証券会社を含めた日興グループ、野村などの証券会社が1万6千株ほど取得していることが分った。残りの8万株ほどは一般の投資家が取得していることになる。
翌金曜日(9日)から今日(13日)までの3日間、ジャイコム株は取引が禁止された。この問題は、単に間違ってありもしない株式を大量に売ってしまったものだ。間違いは誰にでもある。例えば、銀行が10万円と書かれた払い戻し伝票を100万円と見誤って、お客に100万円渡してしまえば、90万円多く払ったとこになる。その場合は、払ってしまったお客のところへ行って、間違ってしまったので返してくれと依頼する。それでも返してくれなければ裁判になる。よほどの過失が銀行になければ、裁判するまでもなく90万円はお客が返さないといけない。
また、インターネットの販売サイトでも、167,000円のパソコンを16,700円と掲示してしまいあっという間に100台売れたとかいう話がある。その場合にも、それじゃ商売にならないので間違いでしたとお詫びが出て、実際には16,700円では売られない。それに文句をつけたところで裁判しても注文主は勝てない。
ところが、株式市場の間違いは、間違いでしたと処理できない面がある。最大の理由は二つ。ひとつは株式が有価証券でそれ自体に価値があるもので、それを売買するのに間違いがあるかどうかを判断していたら、円滑な売買ができないという側面。もうひとつは、株式というのは1株いくらかという値段がはっきりしない。昨日は100円でも今日は100万円することだってある。いつの時点でいくらの価格が適当なのかは相場が決めるもので誰も決めることができないものだ。そのため、間違いでしたと言っても、時間を戻せば損失や利益が伴ってしまう。
それでも間違いはあるし、天災などの予期せぬ出来事は必ずある。そのため、証券取引所にはオールマイティという最後の手段があり、決済手段について東証の清算機構(日本証券クリアリング機構)が取引を強要することができる。
今回の問題がややこしいのは、ジェイコム株は14,500株しかないのに、61万株もの売りが出され、それを再び買い戻しても10万株あまりが買い戻せなかった点だ。10万株については、売った人と買った人がいるわけだから、売った人は買った人に株券を渡さなければならない。ところが、それは間違った株式なので実際には存在しないものだ。そこで、清算機構は渡せない株券に代わって、912,000円の現金を渡そうと決定した。渡すのは誰かと言えば、売ったみずほ証券で受けるのは誰かと言うと買った証券会社だ。買った証券会社には買いたいと注文したお客がいるので、そのお金は証券会社の手数料を差引かれてその人のところへ行くはずだ。
以上が「事件」の顛末だが、騒がれていない大きな問題が二つある。ひとつは「空売り」、もうひとつはシステムの構築の仕方だ。
本来、株式市場は株式の売買がなされる現場だ。それを株式がなくても売買ができてしまうというのを端的に証明してしまったのが今回の一件だ。ミスじゃなくてもできてしまうことが問題だ。いや、恐らく今までもどこかの証券会社でやっていたのではないかという疑いが消えない。今回は安く売って高く買ったから400億円の損害だと言っているが、高く売って安く買えば利益が出る。架空取引で証券会社が利益の出る仕組みを持っているというのは大問題だ。そんなことをしたら、結局その損を一般投資家が負うことになる。これには、歯止めをかけなくてはならない。場合によっては空売りを禁止する必要もあるのではないか。
もうひとつの問題は、日本の金融機関のシステム構築の仕方だ。東証のシステムは富士通が作ったと言って、東証はさかんに富士通に責任を押し付けたがる。金融機関はサービス業だが、そのサービスの中身は均一化されたシステムのサービスだ。特に決済機能は巨大なシステムを利用して提供される。それが商売だ。まさに、コンピューターのシステムは心臓部どころか商売そのものなのだ。
それなのに、「システム上の欠陥」として事態を収拾しようとする。これは完全に間違いだ。ところが、どこの金融機関も日本ではこのような空気がはびこっている。大型コンピューターの会社が金融機関に競って売り込みに行ったのがこういう土壌を作ってしまった要因なのだが、いまだに金融機関側にシステムのプロがいない。
じゃ、どうやってシステムを作るのかというと、富士通や日立、日本IBMや沖電気など大型コンピューター会社の方で、金融機関に勤めた経験のある人を雇い入れ、コンピューター会社が主導でシステムを開発して売っていく。金融機関側からコンピューター会社にこういうシステムを作ってくれと注文するのではなく、コンピューター会社が積極的に金融機関の中に入り込んでシステムを作っていくのだ。だから、一度富士通のシステムを入れればIBMに変えることはできない。その金融機関ではどういうシステムで動いているかが分からないからだ。まさか、富士通の人がIBMの人に説明する訳がない。この体制は早いところ直さないと、日本の金融機関は永遠にシステム音痴のままミスを繰り返すことになるし、それ以上の事も起こる。
日本の金融機関は、システムが商売の道具ではなく、商売そのものになっている現状を早く認識して、システムを社内で構築する力をつけないと、そのうちこれが原因で潰れてしまう。
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参考資料:
Microsoftエンカルタ総合大百科2006:「新興株式市場」
みずほ証券、大量発注ミス [2005年12月9日日経新聞14版朝刊]
単純ミス市場揺るがす [2005年12月9日日経新聞14版朝刊]
みずほ証券 急成長、体制整備遅れ [2005年12月9日日経新聞14版朝刊]
みずほ証券の発注ミス情報「ネットで瞬時に伝播、掲示板書き込み数千件に」 [2005年12月9日日経新聞14版朝刊]
みずほ証券、大量の誤発注 「1株61万円」→「61万株1円」 [2005年12月09日 産経新聞東京朝刊]
誤発注問題「東証、緊急措置を検討」 [2005年12月9日日経新聞4版夕刊]
誤発注問題「非常時条項適用へ」 [2005年12月9日日経新聞4版夕刊]
みずほ証券誤発注「迫る決済。少ない選択肢」 [2005年12月9日日経新聞4版夕刊]
システム見直し「みずほ証券、金融相に表明」 [2005年12月9日日経新聞4版夕刊]
みずほ証券誤発注 注文取り消し、パニック [2005年12月10日 産経新聞東京朝刊]
「強制現金決済あす決定」誤発注で東証みずほ証券処分へ [2005年12月11日日経新聞14版朝刊]
誤発注問題東証にも過失「鶴島社長引責辞任へ」 [2005年12月11日日経新聞4版夕刊]
東証の損失分担焦点、「運営者」信頼揺らぐ [2005年12月11日日経新聞4版夕刊]
ジェイコム株誤発注問題「システム改善、越年へ」 [2005年12月13日日経新聞14版朝刊]
異例の手段で終息へ 東証、危機管理甘く システム不具合富士通の調査で確認 [2005年12月13日日経新聞14版朝刊]
ジェイコム株 リーマン3150株保有 [2005年12月13日日経新聞14版朝刊]
ジェイコム株誤発注問題「現金決済始まる」あす売買を再開 [2005年12月13日日経新聞4版夕刊]
参考サイト:
みずほ証券:ジェイコム株誤発注 現金決済、額が課題 解決方法、「解け合い」応用も
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