Windowsは風と共に去る日が来るか。

岸田 徹 【岸コラ】
2005年10月7日(金)

ビル・ゲイツがWindowsを発表したのは、彼が31歳のときだった。パソコンを動かす基本ソフトはWindowsかMacかの覇権争いはあっという間に結論が出て、Windowsのパソコンは全世界で8割以上を占めている。

【サカスト】の榊原先生初めMacファンはいまだに根強くいるものの、ソフトの多さを考えると、WindowsにするかMacにするかの選択は先に結論が出ているも同然。Macを選ぶ人は業界共通のソフトが通じる出版や音楽関係の人か、どうしてもMacから離れられないオタク的な人と相場は決まっている。

世界を制したWindowsのビル・ゲイツは、IT世界の成功者を飛び越えて、世界の億万長者になった。孫正義氏やホリエモンなどビル・ゲイツに憧れて、この世界で成功している人も多い。まさに世界の歴史に残る立身出世の人だ。

実にアメリカらしいサクセス・ストーリーだが、もし、日本政府が一丸となってWindowsに対抗したら、このサクセス・ストーリーは日本人が演じたかもしれない事実がある。

もしかしたらWindowsでなかった世界も

TRON(トロン)を考案した坂村健氏がその人だ。坂村さんは東京大学の講師時代だった1984年、TRONという基本ソフトを公表した。33歳のときでビル・ゲイツがWindowsを発表する2年前のことだった。それまでのパソコンは、メーカーによって基本ソフトが違い、操作の仕方が様々だった。高校時代からパソコンが好きだった坂村さんはすべてのパソコンを操作できたが、多くの人とソフトを共有できない不満を感じ、誰でもがどこででもパソコンを動かすことのできる世界を実現しようとした。

そのために、編み出したのがTRONだが、Windowsとの最大の違いは、TRONは無料でその基本ソフトを配布し、しかもその中身を公開しているのに対し、Windowsは有償で、ソフトの中身は非公開だという点。無料である点も魅力だが、中身が公開されている点は利用者にとっては最大の利点だ。

公開されていれば、この基本ソフトに乗っけるワープロや表計算や音楽配信などのソフトを誰でもが自由に作成できる。非公開だと、教えてもらうのにお金を払わなくてはならない運命になるのが当り前で、Windowsが業界標準になると、その基本ソフトを使って動かすソフトはすべてWindowsを作っているマイクロソフト社にそのかかわり方を教えてもらわないと作成ができない。そのためのソフトもマイクロソフトから買わなくてはならないという事になる。何をするのでもマイクロソフトにお金が集まるシステムが全世界に構築されるわけだ。

坂村さんは、パソコンの世界は人類の財産だから、基本ソフトは無料で公開すべきだという理念でTRONを公開した。

この基本ソフトを搭載したパソコンは、実際に日本IBMがA6サイズのPC110という機種になって現れた。TRONは動きが機敏で、操作性がいい。文字でも絵でも「手」でつかんで自由に動かせた。日本人が考案したソフトだけあって、漢字の多さはWindowsの比ではない。

きっかけは、学校のパソコン

ところが、TRONはアメリカが振りかざすスーパー301条の対象候補として取り上げられ、ヒルズ通商代表部(USTR)の脅しに日本政府はTRONを口に出せなくなった。TRONの悲劇は、文部省が学校に配置されたパソコンの基本ソフトをTRONにすると言ったことがきっかけだった。詳しい当時(1989年)の情報はないが、読売新聞に「学習コンピューターの互換性 『トロン』に揺れる現場 標準仕様の開発が難航」という記事がある。この記事がWindowsの関係者に読まれ、攻撃の材料になったのではないか。

記事の内容はこうだ。当時日本の小・中・高校には10万台のパソコンが配置されていた。そのパソコンで使用するソフトは一校平均で12本。その3割が教師の自作か共同製作だった。いいソフトは融通し合いたいが、パソコンの機種が違うと基本ソフトが違うので使えなかった。そこで、文部省と通産省の管轄だった「財団法人コンピューター教育センター」がトロンの思想を取り込んだパソコンを試作し、学校への導入を計るために、大学などで試行してみた。

すると、現場の学校では、今ある機械は将来使えなくなるのかという不安が出てきた。その不安から、トロンは扱いが難しいという噂が立ったり、文部省はトロンの使用を強制するわけではないと言ったりして、混乱が起きた。当時、パソコンの最大のシェアを握っていたのはNECで、トロンの動向は、NECの牙城を崩したい勢力と守る勢力にも注目され、だんだん事が大きくなっていった。

記事の新聞は6月25日付(1989年)で、スーパー301条を振りかざすアメリカ通商代表部のカーラ・ヒルズに対抗するためにヒルズと同じ弁護士出身の松永光通産大臣が海部内閣に加わったのが8月9日であるのは時が一致する。

スケープゴートになったTRON

アメリカのエズラ・F・ヴォーゲルが「ジャパン アズ ナンバーワン」を書いたのが1979年。新聞の記事はそれから10年後のことで、日本からの自動車や家電の輸出はアメリカ経済の神経を逆なでしていた絶頂期だった。TRONはそのスケープゴートにされ、産学協同で作り上げられていたTRONは日の目を見ないまま静かに消え去って行った。

それから、15年以上たった昨日の日経新聞は、政府が「Windows依存を脱却」という記事を一面に載せた。省庁内のパソコンはWindowsが大半だが、今後はTRONと同じように、基本ソフトを公開しているLinuxなどを調達するように勧めるという。Windowsだと有料の分だけ割高だというのと、ウィルスに引っかかりやすいというのが消極的にする理由として上がっている。

なんで、急にこのようなことを言い出したのか背景が掴み切れないが、一つにはTRONの復活があるのではないだろうか。

TRONの逆襲

TRONはパソコンの基本ソフト市場から姿を消した後、家電や携帯電話、カーナビの世界に進出した。家電のマイコン制御にはTRONがほぼ100%使われていると言われ、携帯電話の制御もTRONが使われている。機敏に反応するTRONはトヨタが最初にカーナビに使用したとも言われている。

スーパー301条の脅しで政府の後押しがなくなったTRONは、生みの親の坂村さんの発案で、翌年に(1990年)未来住宅を作り、すでに別の方向に歩みだしていた。西麻布に建てられた未来住宅では、雨が降ると窓が閉じてエアコンが動き、テレビを見ているときに電話がなればテレビの音量が下がる。夜にステレオの音が大きくなれば部屋の窓を閉める。キッチンのテレビ画面には作りたいレシピが映し出されると、加熱器と連動して微妙な火加減が調整される。トイレに座れば尿検査や血圧測定がされ、夜トイレに起きれば、もちろん最適な灯りが点される。これらをTRONが制御している。

坂村さんが究極的に目指したのはパソコンの基本ソフトではなく、どこでも誰でもが手に触れることができるコンピュータの世界だった。コンピュータの世界は3つの波があるとされている。

ユビキタス社会が来たっすっ

第一の波は、多くの利用者が一台の大型コンピュータを使う時代。第二は、一人ひとりがパソコンを使う時代。第三の波は一人ひとりの利用者をあらゆるコンピュータが取り囲む時代。この第三の波がユビキタス社会と言われているものだ。

パソコンは年間で1億5千万台出荷されているようだが、TRONが使われている携帯電話はその三倍以上の5億台だ(2003年現在)。それが、すべてのコンピュータを結ぼうというユビキタス社会では、デジタル家電や音響機器、自動車や先の住宅機材にもコンピュータが入り込んでいるので、その規模は1兆台に達すると見込まれている。パソコンの基本ソフトなど問題にならない規模の波がこれから押し寄せてくる。

TRONは1997年にネットワークに強いと言われたサン・マイクロシステムズ社と提携してJAVAとの融合を計った。その結果、例えばテレビから洗濯機を動かしたりという利用の仕方が現実的になってきた。この流れが加速して日本の携帯電話やデジタル家電が隆盛になった。

この動きに、かつてTRONを潰しにかかったマイクロソフトは、実は2年前に(2003年9月)TRONの業界推進団体である「T-エンジンフォーラム」と技術提携した。

日本政府がWindowsを使わないと言っても、もう貿易摩擦の材料にはならない。パソコンのネットワークは世界を変えたが、その時代はもう終わろうとしているからだ。パソコンの世界は gone with the Windows となる運命ですかーれっと・オハラ。

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参考資料:

Microsoftエンカルタ総合大百科2005:「TRON」「ユビキタス社会」「マイクロソフト」「ビル・ゲイツ」

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学習コンピューターの互換性 「トロン」に揺れる現場 標準仕様の開発が難航 [1989年6月25日 読売新聞東京朝刊]

[情報革命はいま]進化するデジタル社会 国産基本ソフト・トロン再び表舞台に [1997年12月26日 読売新聞東京朝刊]

トロン方式のマイクロプロセッサー開発 日立、富士通、三菱電機の3社 [1988年1月12日 読売新聞東京朝刊]

参考サイト:

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