片山さつき と トヨタ自動車

岸田 徹 【岸コラ】
2005年9月16日(金)

「改革のマドンナ」と小泉さんから言われた片山さつきさんは、静岡7区に落下傘降下し、郵政民営化法案に反対した自民党の城内実氏を破り当選した。片山さんは85,168票、城内さんは84,420票だった。

超エリート官僚の片山さん

片山さんは、女性初の主計官として、防衛関係費の5兆円を防衛庁と折衝した人だ。主計官というのは予算を配分する財務省の主計局で各省庁から上がってくる予算要求を査定する人だ。大きく予算が振り分けられる、「国土交通担当」「公共事業担当」「防衛担当」「ODA担当」「厚生労働担当」「地方財政担当」などが主役だ。エリート官僚の中でもエリートでないと勤まらない。体力、知力、気力、魅力が備わっていないと折衝が上手くいかない。

旧大蔵省時代には主計局が国の予算編成権を握っていたが、省庁再編でその役目は「経済財政諮問会議」に移された。しかし、事務方は引き続き主計局が握っている。

企業の人事は人を掌握する能力や人気、または派閥勢力争いの中で出世が決まる場合が多いが、官僚の出世はその部分が極端に少ない。何度も試験に合格して出世していく。特に女性だからという武器は使えない。男性だろうが女性だろうが「できるやつ」が出世していく。その意味で、片山さんの実力は男社会の中でも飛び抜けている。

知名度から親密度へ

とはいえ、それは官僚組織の上での評価で、選挙は別物。エリートだから当選するとは限らない。しかし、片山さんは状況判断が鋭く、エリートとして敬遠されていると察知するや、地元のスーパーでポロシャツとスニーカーを買って、「命をかけてお役に立ちます」と声を張り上げ選挙地をくまなく走った。

人間は、新聞で読んだりテレビで見たりすれば親近感を覚えるが、さらに実際に顔を見ればもっと親近感を抱き、握手をすれば忘れられない人も出てくる。相手候補がどぶ板選挙を展開すれば、それに対抗しないと普通は勝てない。

片山さんも一日2千人以上の人と握手をしたと猛烈な活動をアピールした。しかし、静岡7区の人口は80万だ。有権者だけに握手をするのでもとても一日2千じゃ足りない。街頭演説だけではなく、人が集まるところへどれだけ行けるかが、選挙戦では鍵を握る。中でも有権者が最も関心をもって足を運ぶ「公開討論会」と企業への「説明会」、知名度のある人の「応援演説会」は役に立つ。

これがちょっとおかしい。

「応援演説会」だが、もちろん小泉さんも応援に行った。だが、もう一人、ファイヤーの大仁田厚(参議院議員)も応援演説をしたのだ。大仁田議員は参議院の郵政民営化法案では棄権したなかば「造反者」。どうして、改革のマドンナを応援するのか。それが、「頑張れ片山。1、2、3、ファイヤー!」とやってみせた。片山さんも「『生ファイヤー』に感動しました」(サンスポ)。

大仁田議員が自分の意思で行ったのではなく、自民党執行部のスケジュールに従っただけだと本人も言っているから、ここはエリート片山をなるべく庶民の味方に映したかった自民党執行部が演出したのが分る。

「公開討論会」は対立候補の城内氏が欠席。民主党の阿部候補と対照的なスピーチをしたというが、この討論会は、浜松市ではなく湖西市で行なわれたのが不思議だ。浜松市の人口は60万、湖西市は4万5千だ。

この不思議は、企業の「説明会」と綿密に関連する。片山さんが落下傘で下りたのにもかかわらず、知名度が上がったのはマスコミが刺客として取り上げたからだが、それに親密さを加えたのが企業での「説明会」だったに違いない。

自動車関連業界の静岡7区

浜松市にはスズキ自動車の本社があり、またホンダの浜松製作所がある。浜松市に次ぐ人口8万7千の浜北市にはヤマハ発動機の浜北工場と中瀬工場がある。そして、公開討論会が行なわれた湖西市にはトヨタ自動車がハイブリッド車用の電池を製造する会社を松下電器産業と一緒に設立し、この分野をリードしている。

さらに、トヨタと言えば愛知県を想像するが、トヨタ自動車の創業者である豊田喜一郎は、この湖西市で生まれた。喜一郎の父である佐吉はこの地で豊田自動織機を発明し、その技術が海外で認められ、イギリスの会社が100万円で特許を買った(1929年)。佐吉はその100万円を長男の喜一郎に渡し、これで国産の自動車を開発するようにと夢を託して亡くなった。トヨタ自動車はここがトヨタグループの起源としているようで「豊田佐吉記念館」を設立している。

トヨタはモータースポーツの最高峰である「F1」に参戦を表明したが(1999年)、その時レース用のエンジンの開発を行なっているヤマハ発動機に資本参加した。今でもヤマハ発動機の4.6%はトヨタが持っていて、ヤマハ本体に次ぐ大株主だ。

オートバイで有名なヤマハ発動機を設立したのはピアノで有名なヤマハの四代目社長の川上源一氏だった。川上氏が亡くなった時には、トヨタ創業者一族の豊田章一郎名誉会長が哀悼のあいさつをしている(2002年)。

今回の総選挙では、小泉さんばかりが注目されたが、経団連の奥田会長が自民党支持を打ち出したのは特徴的だった。奥田さんはトヨタの会長でもあり、経済財政諮問会議の重要メンバーだ。

トヨタは長いこと政治とは距離を置いていた。それが一転して自民支持を表明し、トヨタの地元である愛知県内の全15区は激震が走った。ここは、トヨタの労組が強く、民主党の牙城だったからだ。選挙の結果は自民党は5議席から9議席に増やし、民主党は10議席から6議席に減らしてしまった。

片山さんが公開討論会でスピーチをした湖西市は静岡県だが、すぐ西側はもう愛知県。人の行き来も愛知県側との間が多い。豊田佐吉も仕事では愛知県側に出入りしていたようだ。湖西市は自動車産業とは無縁ではいられない地域なのだ。対立候補の城内さんはそんな湖西市では分が悪いと出席を拒否したのではないだろうか。

奥田会長の自民支持は、浜松、浜北、湖西という有力地域にある各自動車メーカーの関連企業に一斉命令が走り、片山さんに説明会の機会を与えたことは容易に想像できる。これで、一気に片山さんの知名度は親密度に変わったのだろう。

片山さんの勝利は、表面には出ないがトヨタ自動車の全面的なバックアップが見える。片山さんは小泉牧場の人と言われるが、奥田牧場とのハイブリッドで、そのうち田中真紀子同様スカートの裾を踏まれ、奥田ファンカーゴになりそうだ。

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このコラムに関連した【岸コラ】:小泉さんに火をつけた四人と反対派にペンを与えた郵政公社生田総裁(2005年8月22日)

参考資料:

Microsoftエンカルタ総合大百科2005:「豊田佐吉」「トヨタ」「ホンダ」「ヤマハ」

小泉政権に注文熱く 中部経済界トップの声 景気、指導力、改革… [2005年9月13日 読売新聞中部朝刊]

[衆院選あいち・票はどう動いたか](上)大きく変わった勢力図(連載)=愛知 [2005年9月13日 読売新聞中部朝刊]

【2005総選挙】トヨタ、自民支援鮮明 愛知の集会に経営陣続々[2005年09月07日 産経新聞東京朝刊]

17年度予算政府案閣議決定 主計官に聞く素朴な疑問 [2004年12月25日 産経新聞東京朝刊]

ハイブリッド車用電池、三洋電がホンダに供給 世界シェア首位狙う [2004年12月23日 読売新聞大阪朝刊]

初の女性主計官に片山さつき氏/財務省人事 [2004年6月26日 読売新聞東京朝刊]

ヤマハ・川上源一氏お別れ会 先見性優れた経営者しのぶ=静岡 [2002年7月10日 読売新聞東京朝刊]

参考サイト:

三遠南信エリア情報

衆議院議員:選挙区選出議員【静岡県】 (上田修一さん作成)

トヨタ企業情報

湖西市概要

今明らかになるトヨタ自動車誕生の真実(レスポンス)

日本の自動車産業(社団法人自動車工業会)

政策の目標ごとの政策所管課等及び各局・庁評価担当組織(財務省)

「ファイヤー!」造反派・大仁田氏が片山さつき氏と掟破りタッグ(サンスポ)

片山氏 討論欠席の城内氏に「逃げないで」(スポニチ)


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