「民意」を操る官僚政治

岸田 徹 【岸コラ】
2005年9月14日(水)

2005年9月14日付朝日新聞 東京第14版 【岸コラ】定率減税を止める方針だと谷垣財務相が言ったもんだから、自民党が大勝したらすぐにこの様だとマスコミが噛み付いた。

定率減税というのは、小渕内閣の時に景気浮揚策として、所得税を20%と住民税を15%減らしたもの。実施された1999年には、1月から3月までの所得税分をボーナス時に返した。実際に返ってきたので覚えている方もいるだろう。しかし、その後は、単に所得税や住民税が減っただけで、現金が返ってきた訳ではない。最後の「手取額」しか見ないサラリーマンにとって恩典の感覚はない。それを景気がよくなってきたから元に戻すと言われたら、「増税」としか受け止められない。

増税なんかしたくない自民党

郵政民営化で大勝した小泉自民党に「おごるな」と釘を刺しておきたい人は多い。選挙公約ではサラリーマン増税はしませんと言っている自民党に、バカにするんじゃないと言いたいところだ。そこを朝日新聞が庶民の側に立って噛み付いた形だ。しかし、これは大変不思議な理論。

自民党が大勝して、どうして増税したいのか。なんでもかんでも、自民党の思うままの議席数が与えられたというのは確かだ。じゃ、増税する法案をどんどん上げて、自民党は何の得になるのだろうか。増税すれば、自民党議員の報酬が上がったり、利権が得られるというのなら分るが、そんなものはあるはずがない。

増税で新たな予算を得て、大きな顔をしてその予算を振りまいた先で美味しい話でもあるのなら別だが、今はそんなものはない。増税したって、みんな借金の穴埋めだ。自民党が自分で法案を通せるから増税だと大声を上げれば、次の選挙で惨敗し、今回の民主党議員のように職を失う議員がぞろぞろ出てくる。

いまや「民意」は自民の宝

民意の大合唱で自民党が大勝したのだから、自民党の議員たちは民意のために政治をしようと思うのが自然。これがなければ、勝てなかったのだから。その民意は増税を望んではいない。だから、自民党が大勝したから、ここで一気に増税だという理論はまったく的を外れている。

この「定率減税を全廃する」という話は、実は選挙中も谷垣さんが言っていた。選挙が終わったから言った話ではない。谷垣さんは9月6日の閣議後の記者会見で、「流れとしては2006年度(の税制改正で)また半分をやりたい」(読売新聞)と全廃の意向を示した。半分というのは、定率減税の半分はもうすでに廃止が決まっているので、もう半分やれば全廃ということ。また、6月の政府税制調査会の総会でも全廃すべきだと発表して、非難を浴びたばかりだ。

それが、どうして選挙が終わったこの時期に朝日新聞の一面に載ったのか。この記事は、いわゆる「アドバルン」と言われるものだ。誰かが言ってみて、周囲や国民がどんな反応をするかを見るのだ。反対がひどければ、うやむやにするし、さほど反対がなければやってしまう。

「定率減税、07年全廃の方針示す 財務相と政府税調会長」という見出しのこの朝日新聞の記事【右上写真】は、次のように始まる。「所得税・住民税の定率減税が、07年にも全廃される可能性が強まった」

この書き出しは、可能性が強まったことを知らせるものだ。では、誰が強まったと感じたのか。それは、新聞記者だ。誰がそう感じさせたのか。それは、表には出ないが財務官僚だ。

官僚とマスコミには馴れ合いが

ここは状況証拠を探るようになるが、財務省の官僚が記者にそれとなく書くように促したのだと思う。谷垣さんも前々から言っているし、税調もそういう見解だ。言われた記者は、選挙後すぐにこの様だと書けば、時流に乗った記事として成り立つ。

しかし、この記事の本当の狙いは、自民党が大勝した勢いのある中で、財務官僚が増税できるかどうか「民意」を試したのだ。これに朝日新聞の記者が協力すれば、記者は官僚に恩が売れる。

日本の新聞記事は、ほとんどが記者クラブでの情報のやり取りで記事になる。だから、閣僚が何か新しい意見を述べれば、ほぼ同じ内容の記事がほぼ全紙に載る。それが、一紙だけに掲載されれば、スクープかアドバルンだ。今回は読売新聞が以前に伝えているのでスクープにはならない。内容もスクープ扱いの書き方ではない。つまり、アドバルンだ。

こうして「民意」は一人歩きし、官僚に利用される。いかに自民党が政治をせずに、官僚にまる投げしているかが分かる。そして、それをサポートするのが大新聞。これは、昔からある日本の国家運営のひとつの手法だ。要注意。

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参考資料:

定率減税、07年全廃の方針示す 財務相と政府税調会長 [2005年9月14日 朝日新聞 東京朝刊一面]

定率減税全廃に意欲/谷垣財務相 [2005年9月7日 読売新聞 東京朝刊]

サラリーマン控除の見直し 具体的時期示さず 政府税調が報告書 [2005年6月22日 読売新聞 東京朝刊]

定率減税の仕組み 税率構造そのまま 1年後改革…つかの間の減税層も [1994年2月9日 読売新聞 東京朝刊]

サラリーマン所得税減税 夏季ボーナスで還付 1―3月納付分20%/大蔵方針 [1999年1月1日 読売新聞 東京朝刊]


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