投票用紙には但し書きを付けたい。

岸田 徹 【岸コラ】
2005年9月9日(金)

物事は具体的になると興味がわくし、ぐっと理解も深まる。ところが、今回の総選挙は、争点が具体的なのに、よく分からない。自民党の小泉さんは郵政民営化は本当に必要ないのかを国民に問いたいと具体的だし、民主党の岡田さんは、政権交代をさせてくれとストレートだ。

具体的なのに分らない選挙

どうして、具体的なのに分らないのか。ピンと来ないからだ。郵政民営化は、民営化には賛成だが、民営化法案のような民営化には反対だという議論が尽くされていない。政権交代は多くの人が一度はやらせてみたいと思っているのだが、それが岡田首相だというのが唐突だ。

それでも投票日は来てしまう。どうにか変えたいわが国の政治を、我々の一票でどう表明したらいいだろうか。「小泉自民党には改革を頑張ってもらいたいが、郵政民営化は後にしてほしい」とか、「政権は交代してもらいたいが、民主党でいいかは別」というような、条件付の投票ができるのなら楽だが、そうはいかない。投票用紙には但し書きがない。無い但し書きをどうやって浮き立たせるような投票行動をするのか。ここが有権者の苦労だ。

分りやすいル・モンドの評論

解散総選挙が決まってすぐ、フランスの高級紙「ル・モンド」は鋭い論評を載せた。郵政民営化をめぐる自民党内の対立を「アングロサクソン流の自由主義経済の信奉者」と「社会的不平等の是正に重点を置く人々」のイデオロギー的対立と論じたのだ。(ル・モンド8月10日付、産経新聞)

アングロサクソン流の自由主義経済信奉者とは、竹中さんが代表格だ。郵政民営化の推進者で、アメリカやイギリスで行なわれている資本主義自由経済の中で、いかに公平に自由競争を行なっていくかを論じている人たちだ。

一方の社会的不平等の是正に重点を置く人は、野田聖子さんなどのいわゆる造反議員のことだ。民営化に反対ではないが、その手法が問題で、過疎地にも均一なサービスを提供できている公共サービスを一瞬にして無くしてしまうのは反対だし、法案のまとめ方が強権的であることに反対している。

ル・モンドの表現は、非常に抽象的だが、具体的に民営化が賛成かどうかを問われるよりは分りやすい。つまり、竹中さんを中心に進めてきた小泉改革は、アメリカ・イギリス的な手法で、野田さんなどの造反議員は、ECの推進国が目指している息の長い成長を行なっていこうとするフランスやオランダ、スウェーデンなどのヨーロッパ的手法だ。

この手法の違いが顕著に現れたのがイラク戦争だ。自由を旗印に力でイラクを抑えようとしてアメリカ、イギリスが軍隊を積極的に出したのに対し、フランスはイラク侵攻に反対だった。正義は必ず勝つとしたアメリカ政府に対し、正義は場所によって違うとフランス政府は疑問を示したのだ。

キリスト教的社会とイスラム教的社会の争い

これが自民党内のイデオロギー闘争ではなく、与党 vs 野党の闘争に広がった場合は、キリスト教的社会か、イスラム教的社会かの選択に発展する。つまり、人間はもともと自由意志のある強い存在だというキリスト教的考え方に対して、人間はもともと弱い存在で、力や誘惑には負けてしまうというイスラム教的考え方の凌ぎあいということになる。

小泉さんが進めている竹中改革は、自由競争の上に成り立っている考え方だ。大きな政府がありとあらゆることに首を出して交通整理をするのではなく、誰でもが自由に競争をして一番いいところが勝つという方向を目指している。「小さな政府」とか「民間にできることは民間に」とか「中央から地方へ」というようなキャッチフレーズは、そのために生まれた。これは、いわゆるキリスト教的社会だ(キリスト教そのものと言っているのではない。キリスト教は愛の宗教で教義は別だ)。

一方、野党の社民党や共産党が前面に出して言っているのは、そんなことをしたら勝ち組だけが生き延びる社会になってしまうという主張だ。力があるものが勝つのは当然で、政治は弱い者のためにあるというのがもともとの主張だ。これは、イスラム教的考え方だ。

民主党の主張は、野党とは言っても社民党よりは自民党に近い。だから、考え方はキリスト教的社会のものだが、支持団体に労働組合があり、行動はどうしても勝ち組優先のものにはならない。だから、反自民を主張すればするほど、イスラム教的な主張になっていく。

キリスト教もイスラム教も日本の伝統的な宗教ではない。まして、イスラム教には馴染みもない。しかし、日本の伝統とされる聖徳太子の十七箇条憲法の第一条に用いられた「和を以って貴しと為す」はどう考えてもキリスト教的ではない。

日本には、自由主義経済が正しいのだという考え方が根本にはあるが、その手法は競争原理とは一歩退いたところがある。日本的手法は、関係者が集まり、力関係を見ながら秩序を作り出していき、調整するものだ。それでは、グローバル社会には対応できないと主張する人も多いが、グローバル社会とはアメリカ的社会のことで、自由主義の競争原理で競争すれば、本場の人にかなうはずがない。

小泉自民党圧勝の次に待っているもの

問題は、国内の政治の問題だ。日本の社会は国際化されていることは間違いないが、多くの日本人がアメリカ人のように競争原理の導入を何よりも望んでいる訳ではない。むしろその点では知らされていない人が多く、また教育現場でもアメリカ的手法での競争の仕方は学んでいない。

もし、小泉自民党が圧勝すれば、郵政民営化の次に来るものは、憲法改正だ。何のために改正するかと言えば、「和を以って貴しと為す」という日本国をアジアにおける「自由主義の本丸」に変えるためだ。性別、国籍、人種、宗教の別なく誰でもが、公平に競争できるような国家にするための改革が推進されるはずだ。

この改革は一見カッコいいが、明らかにアメリカ化で、自由のためには軍隊も出すことになる。さらに、国内経済は勝ち組と負け組みの差が激しくなり、街にはホームレスの渦の中をベンツが走る状況だ。

やたらと和を求めて何もしない日本人には閉口するが、日本人はしょせんアメリカ的な競争社会には馴染めない。金権政治を非難したり、官僚が何もしないことに腹を立てたりするのは、国民が政治に弱者救済を望んでいるからだ。遠山の金さんのさくら吹雪はそう簡単に日本人の心からは消えない。

こうなると、今度の選挙には共産党か社民党に一票を投じようということになるが、それでは、小泉自民党を助けることになり、目的が果たせない。ここは、嫌でも民主党に頑張ってもらいたい。「民主党」と書く投票用紙の但し書きは、「アメリカとはこれ以上仲良くなるな。憲法九条は守れ」だ。

この記事の読者数:


参考資料:

【2005 世界は日本・アジアをどう伝えているか】8月(上) [2005年08月30日 産経新聞 東京朝刊]

参考サイト:

野田聖子のホームページ


Copyright (C) Toru Kishida 2005 All Rights Reserved.