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岸田 徹 【岸コラ】 |
郵政民営化で不思議な存在なのが日本郵政公社だ。この公社は2003年の4月にできた。できた時点では、これが郵政民営化なのかとも取れる措置だった。
郵政公社の最大の特徴は、独立採算制だ。社員は公務員でも、事業は独立採算を目指した。その結果、公社初の決算で黒字を出した。その額は2兆3千億円あまりだ。建て直しが急務だった郵便事業だけをとっても225億円の赤字から276億円の黒字に転換した(2004年3月期決算)。
この時点で郵政民営化の声はすっかり鳴りをひそめた。郵政公社の総裁は民間出身の生田正治氏。生田さんは海運業界の出身だ。大阪商船三井の社長に就任して一年たたないうちに阪神大震災があり、神戸港は機能を失った。復興したものの船が戻らず大変な危機に陥ったときに活躍したのが生田さんだった。その手法は冷静な分析に多くの人をひきつける緻密な行動だった。その後商船三井はナビックスと合併し国内最大の海運会社となった。
慶応出身の生田さんは、後任の社長を早稲田出身の副社長に任せ、経済同友会の副代表幹事に就任した。この財界活動の経緯の中で、外務省を「変える会」のメンバーになり、その改革思想が小泉さんの目に留まったのだった。
旧郵政省から公社の総裁を出したかった官僚のストーリーに、小泉さんは生田さんに白羽の矢を立てることでかわした。「国家国民のために力を貸してください」と総裁就任を固辞する生田さんを電話で口説いている。その後、小泉さんは生田さんを起用した理由を「郵政民営化のための人事」と発表したが、片山総務相が「民営化のためだけの人事ではない」とすぐに反論し「いろいろ意見を交換したい」と述べている。(2002年8月27日読売新聞)
公社を作ることが即民営化にはならないという意見がまだまだ多くあったことが分る。
郵政公社は郵便事業と金融の二つの総本部を持つことになるが、その担当副総裁を生田さんは選ぶことになる。旧郵政省からは今度は負けられないと省内きってのエリートである団宏明氏を強力に推してきた。東大法学部卒業の郵政企画管理局長だった。
生田さんはこの方を副総裁に起用するとすぐにもう一人の副総裁を元トヨタ自動車の常務だった高橋俊裕氏に決める人事を発表した。高橋さんはやはり東大法学部卒で、団さんの6年先輩にあたる。上下関係を無視できない官僚機構を意識した絶妙の人事だ。さらに、給与の面で差をつけた。生田さんは年収3,100万円だが、副総裁の高橋さんは2,890万円、団さんは2,200万円。これで明らかに上下の関係ができている。担当は高橋さんが郵便事業、団さんが金融だ。
まるで、官僚出身者を排除するかのような人事に小泉さんはさぞ満足したのではないかと思う。ただ、生田さんは総裁就任以降、旧郵政省の出身だからという事では排除しない融和政策を採ることになる。
生田さんは就任早々、職員全員に次のようなメールを送っている。
(1)郵政三事業はサービス業なので、お客に真っ向サービスで立ち向かう。(今の公社のCMは生田さんのこと言葉が起源だ)
(2)三事業の経営をそれぞれ健全でたくましいものにする。
(3)明るい将来展望で、努力しだいで公社は洋々たる将来が築ける。幅広く自由な議論を尽くし、伸び伸びとしなやかに仕事をしてくれることを希望する。
言葉だけではなく、生田さんは就任後も社内の自由闊達な議論を要求したようだ。その結果、公社の経営実態が生田さんの目に直接入り込んだようで、国会答弁の多くも数字に裏打ちされた理路整然としているもので説得力がある。官僚機構では多くのよそ者がツンボサジキになるが、生田さんは早くから内部の事情に精通していったように見える。
生田さんの考えを要約すると、自分が在任期間中の4年間は民間的手法の経営が公社を助けるだろうが、郵貯や簡保の契約は減少傾向にあり、同時に郵便事業も国際化しないとジリ貧の状態で10年間はいい経営の状態は続かない。これを乗り切るには、公社への規制を解除するか、民営化するかの二者択一で、その選択は政治判断だというものだ。
こう書くと、生田さんは早く民営化してほしいと言っているように捉えられるかも知れないが、どうもそうではない。生田さんは今、郵政民営化よりも公社のために一生懸命なのだ。
生田さんの出身の海運業界は、かつては日本の花形だった。郵便事業は1868年に創設された駅逓司(えきていし)にさかのぼるが、日本の外洋航路も1893年に日本郵船がボンベイ航路を開設し、インド綿花の輸送を開始したことに始まる。
ともに日本の発展に1世紀以上貢献した一大産業だったが、時代の波に押される運命となった。しかし、生田さんは業界再編で新たな道を日本の海運業にもたらした。恐らく、郵政にもダブる面をみつけたのだろう。
生田さんが国会で公社の実態を詳しく説明すればするほど、国会議員の多くは生田さんの言う事に耳を傾けたに違いない。その結果、郵政事業は生田さんに預けておけば安心だという空気が蔓延したのではないだろうか。少なくとも、民営化を焦る時期ではないとの判断があったに違いない。それを決定付ける出来事があった。システムの問題だ。
政府が考えているとおり、郵政事業を三分割し、さらに郵貯簡保の既存残高を機構組織に移行し、しかもそれを調整する会社を作った場合、そのシステム変更は、NTTの民営化時に行なったシステム変更の10倍の手間が必要だという見解を去年の夏生田さんは記者会見で表明した。これには、3−5年かかると言うのだ。つまり、どんなに急いでも2007年の9月。かかるとなれば、2009年まで。
もし三事業一体で民営化すれば開発期間は2年で済むとも同時に表明した。その意味は、公社のまま民営化すればいいということだ。民営化には賛成だが、民営化法案には反対だとする議員は、この生田さんの考え方に賛同していると言える。
ところが、小泉さんは、システムの問題はもしできなければ、2007年の9月でもいいが、民営化は4分社化で2007年4月までに行なうと急に言い始めたのだ。
それは、いったいなぜで、いつから急に言い出したのか。よく調べてみるとこれが意外なのだ。
小泉さんに4分社化で民営化を迫ったのは、あの竹中さんと経済財政諮問会議の4人の民間議員だった。時は、2004年7月の参議院選挙だった。
あの時、経済・金融相だった竹中さんが72万票あまりを獲得して自民党の比例第一位で当選した。自民党2位の秋元さんは30万票あまりで、竹中さんは自民党内ではダントツ一位だった。ところが、この選挙では必ずしも自民党が勝ったとは言えなかった。むしろ、民主党の伸びが著しく、自民党は公明党に助けられた選挙だった。
そこで、経済財政諮問会議の民間議員である、牛尾ウシオ電機会長、奥田トヨタ自動車会長、本間大阪大大学院教授、吉川東大大学院教授の4人が、この選挙結果を次のように判断した。
(1)竹中72万票は小泉改革が一応国民に評価された証だ。
(2)しかし、自民党が健闘しなかったのは改革の停滞が国民の不満となった現われ。
(3)この停滞は自分たちが進めた改革案を省庁や与党と調整し過ぎたために起きた。
そこで、この4人のメンバーは、「大胆にリセットし、改革を加速させよう」と申し合わせた。(2004年8月5日付読売新聞)
当時改革を求められたのは社会保険庁だった。有識者会議の提案では、1年を目処に検討するというものだった。それをこの4人のメンバーは、改革案は2ヶ月で仕上げるのが民間では当り前と気勢を上げた。この勢いが、竹中さんを勇気付け、小泉さんを盛り上げた感は否めない。小泉さんはこの改革急路線を自分が不得手な年金問題よりも得意な郵政問題に転換したのだ。2004年7月に竹中さんが選挙で当選した後、9月に小泉さんは自民党の賛成を得られないまま郵政民営化法案を閣議決定している。
経済財政諮問会議のメンバーは議長の小泉首相のほかは10名で構成されている。1人は日銀総裁、5人は官房長官や主要閣僚で、残りの4人が民間議員だ。
この会議は2001年の省庁再編時に作られたもので、当時は森さんが首相だった。目的は、それまでの官主導の政策運営を有識者の意見を反映した総理大臣主導のものにしようとしたものだ。最大の仕事はそれまで大蔵主導で行なわれていた予算編成を政府主導で行なおうとしたことだ。
ところが、予算というのはやることを決めてから行なうもので、やることを決めるのは政府ばかりではなく、国民から直接支持された与党の言う事を聞いて行なうというのが筋。そのため、日本では長い間、大蔵省と自民党の政調会長の間で予算案の決定を行なっていた。
その当時の自民党の政調会長が亀井さんだったのだ。森さんが総理のときは、いくら経済財政諮問会議ができても表面上のポーズだけで、肝心な予算編成は大蔵省と亀井政調会長との間で行なっていた。
ところが、小泉さんが総理になると、経済財政諮問会議は名実ともに独立し、政府主導の予算編成が実行されることになった。亀井さんとの確執はこの時大きくなったと言える。
総理も日銀総裁も主要閣僚も変わる中で、経済財政諮問会議の4人の民間議員は最初からこのメンバーだ。改革については最初っからうるさい。表には出ないが、この4人の力は今や院政にも匹敵する。
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参考資料:
Microsoftエンカルタ総合大百科2005:「海運業」「経済財政諮問会議」「日本郵政公社」
郵政公社、1兆円減益 3事業とも減収/2005年3月期決算 [2005年5月26日 読売新聞東京朝刊 二面]
郵政、2007年に民営化 基本方針を閣議決定 与党了承得ぬまま [2004年9月11日読売新聞東京朝刊 一面]
郵政公社分社化のシステム開発 生田総裁「NTT再編の10倍手間必要」 [2004年9月9日 読売新聞東京朝刊 A経]
[政治の現場]新政策決定(2)森内閣時代の諮問会議、骨抜きの動き [2004年8月6日 読売新聞東京朝刊 政治]
[政治の現場]新政策決定(1)小泉改革けん引「四人会」 霞が関の常識打破 [2004年8月5日 読売新聞東京朝刊 一面]
郵政公社初決算、当期利益2兆3020億円 「郵便」276億円黒字転換 [2004年5月26日 読売新聞東京朝刊 二面]
参考サイト:
郵政公社 平成15年4月1日 総裁メッセージ
郵政公社 郵政民営化法案における生田総裁の考え方について(1)
郵政公社 郵政民営化法案における生田総裁の考え方について(2)
郵政公社 日本郵政公社の役員・組織
経済財政諮問会議 諮問会議メンバー紹介
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