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岸田 徹 【岸コラ】 |
六か国協議の提案者はロシアか電撃的な小泉訪朝の第一回目。2002年9月17日平壌の順安空港に降り立った小泉さんを迎えたのは、金永南、最高人民会議常任委員長だった。金正日の独裁国で、金永南は北朝鮮のナンバー2だ。2年前にアメリカのオルブライト国務長官が北朝鮮のタラップを降りたときには外務次官の出迎えだった。小泉さんは相当な配慮をもって迎えられたことが分る。
とんぼ返りで東京に戻った次の夜。小泉さんは訪朝についてロシアのプーチン大統領に電話で報告をした。プーチンは小泉さんに「首相の訪朝の結果は正しい方向で、歴史的なことだ。望みうる最大限の成果で生産的なものだ」と高く評価した(読売新聞)。その際、プーチンは北東アジアの安全保障で、日本、ロシア、韓国、北朝鮮、中国、アメリカの六か国協議を行なうよう提案している。そして、小泉さんも「自分も同じ考えで、金正日総書記に提案した」と返事をした(同)。
それから一年たたないうちに第一回六か国協議が北京で開かれた(2003年8月27日〜29日)。これからすると、六か国協議を提案したのはロシアのプーチン大統領だということになる。大方の論評でも六か国協議はロシアが提唱したことになっている。
しかし、実はその前に別な人がロシアに六か国協議を提案している。ソ連が崩壊をする足音が迫る年に、ソ連のロガチョフ外務次官が韓ソ政策協議会で韓国側が提案している六か国協議を支持する立場を示唆したという読売新聞の記事がある。ソ連の方がが韓国を支持したということは、韓国がソ連に六か国協議を最初に提案したということだ。
この当時は、東西冷戦構造が崩壊しようとしているときで、韓国の大統領だった盧泰愚(ノ・テウ)はソ連のゴルバチョフに急接近し、「韓ソ蜜月」を内外に表明する「モスクワ宣言」を行なった(1990年12月)。アメリカ軍の駐留する韓国がこのように急接近したことは、日本、アメリカ、中国にとってはショックだった。「日本、韓国、アメリカ」対「北朝鮮、中国、ソ連」のバランスが崩れたからだ。
韓国は、六か国協議が開かれる10年以上前にこの協議の開催を提案していた。何のためだろうか。これは、間違いなく祖国統一のためだ。
第二次大戦で日本が降伏すると日本の植民地だった朝鮮半島が解放され、北緯38度線を境にソ連軍とアメリカ軍が駐留した。連合国外相会議では、朝鮮半島にひとつの独立国家をつくることになっていたが、どうやってつくるかでソ連とアメリカが対立してしまい、そのまま選挙が行なわれ、南北それぞれの政権ができてしまった。
朝鮮人の気持の中には、自国民族が対立して分断したのではなく、大国のエゴによって分断されたとの理解が支配的だ。いきおい、いつかは祖国を統一させるのだという思いが南北ともに強い。北朝鮮はその民衆の思いを利用して厳しい生活にも耐えるようにさせている節もある。スパイ活動も破壊活動も、みな最終的には祖国統一のためだ。
今から5年ほど前、第一回六か国協議が開かれる3年ほど前に(1999年1月)、韓国の対北朝鮮政策立案の中心人物で、当時大統領府外交安保首席秘書官だった林東源氏が、日本とアメリカに政策説明に来た。その説明は、短・中・長期の各段階で目的をもって日米韓がそれぞれ北朝鮮と接触しようじゃないかというもの。短期的には、当面の課題である地下核施設建設疑惑の解消、中期的にはミサイルを含む軍備削減、長期的には南北自由往来実現の三段階だ。
この段階を考えると、今行なわれている六か国協議は第一段階から第二段階初めまでの協議だ。林東源氏は、この後金大中大統領の下で太陽政策立案者の中心人物となっていく。残念ながら北への不正送金疑惑で失脚するが、金正日からの信頼も厚く、歴史的な南北首脳会談(2000年6月)のお膳立てをした人物とされている。この三段階に及ぶ構想は韓国政府内部に残ったに違いない。
そんな協議になぜ日本が参加しているのかだ。日本の最大の懸案は拉致問題だ。韓国にも日本人以上の拉致された人たちがいるのに、なんで韓国では六か国協議にこの問題を提起しないのかが分らないところだ。実は、韓国の拉致問題解決は、第三段階の「南北自由往来」に解決が盛り込まれている。
韓国の拉致被害者の多くは漁民だとされている。朝鮮日報(2002年9月18日)によれば拉致被害者は漁夫が435人、航空機の乗客と乗務員12人、海軍放送船の乗船者12人、海上警察2人、海外勤務者および留学生12人、国内の海岸で拉致された高校生5人の計486人だ。実際にはもっと多くの人たちが拉致されていると言われている。
韓国では、小泉さんが訪朝をして金正日に拉致を認めさせたことを目の当たりにして、なんで韓国でもそうできないのか不満の声が突出したことがあった。しかし、韓国では北朝鮮に捕らわれの身になっている人たちが別にいる。南北が分断された際に別れ離れになってしまった「離散家族」と戦争状態にある中で捕虜になった人たちだ。
拉致された人がスパイだと北朝鮮から言われれば、それは戦時中の「捕虜」に相当してしまう。韓国政府はかつての日本政府のように北を刺激すると拉致された人の命が危ないという立場もとっていて、拉致被害者は、大きな意味で「離散家族」の範疇に入れられているのが現状だ。そのため、拉致問題の解決は、南北が統一され、自由往来ができれば解決するという姿勢なのだ。これが長期的な展望の第三段階に入っている。
だから、日本の拉致問題と韓国の拉致問題はその解決手法が全く違ってしまっている。
日本は、アメリカ頼みで六か国協議を通じて北朝鮮に圧力をかけて拉致問題を解決しようとしている。この政策は完全に失敗だ。日本は、六か国協議に拉致問題の活路を見出すのなら、韓国と運命をともにし二人三脚で南北統一に尽力するのが、急がば回れで最も早く確実な解決手法になる。「南北統一」は、北朝鮮を動かせる唯一の平和的合言葉だからだ。しかし、今、日本は韓国と腹を割って話せる状況ではない。小泉さんが積極的に両国間の問題を解決しようとしないからだ。
蚊帳の外で「日本は拉致問題を解決したい」と独り言をつぶやいている。参加しない方がまだましだ。
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参考資料:
Microsoftエンカルタ総合大百科2005:「盧泰愚」
「朝鮮半島和平の可能性」 田中宇の国際ニュース解説 2005年7月28日
韓国、前大統領側近を逮捕 対北朝鮮不正送金 [2003年06月18日 産経新聞東京朝刊]
北、対話姿勢強調か 「悪の枢軸」外し、米懐柔を最優先 ソウル外交筋 [2002年10月03日 産経新聞東京朝刊]
英王立国際問題研究所アジア部長リチャード・グラント氏に聞く 米朝協議首脳会談 [1994年07月02日 産経新聞東京朝刊]
[政治を読む]北朝鮮政策 日韓になおギャップ [1999年6月6日読売新聞東京朝刊]
朝鮮問題で6か国協議支持 韓ソ政策協議会でソ連外務次官が示唆 [1991年1月8日読売新聞東京朝刊]
韓ソかみ合った利害 モスクワ宣言調印 経済協力への期待と北方政策の仕上げ [1990年12月15日読売新聞東京朝刊]
韓国・ソ連の「モスクワ宣言」要旨 [1990年12月15日読売新聞東京朝刊]
韓ソ アジア安定へ協調宣言 「南北対話拡大を」/モスクワ首脳会談 [1990年12月15日読売新聞東京朝刊] 東京朝刊 一
参考サイト:
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