「拉致問題」も「北方領土問題」も日本が解決したい問題だ。その解決とは、「拉致問題」では誘拐された人全員の帰国だし、「北方領土問題」は四島全部の返還だ。どちらが緊急性があるかといえば、もちろん拉致問題だ。人命がかかっているからだ。
どちらの問題が難しいかといえば、これも拉致問題だ。理由は、次の通り。
拉致問題の方がはるかに条件が悪い。では、拉致問題より簡単だといえる北方領土問題はどこまで進展しているのか。解決の目処は立っているのだろうか。
そもそも、四島返せ、返さないという押問答はなぜ起きたのか。北方領土問題は割りと複雑だ。
日本とロシアの国境を決める際に問題となりそうな箇所は二つある。ひとつは樺太(ロシアでいうサハリン)を挟んだ場所。もうひとつは、千島列島だ。ロシアのカムチャッカ半島から日本の根室湾まで続く列島だ。
このふたつの地域を日露間でどうするかが両国の領土問題だ。あとは日本海が広くて領土を争うことはできない。歯舞諸島・色丹島・国後島・択捉島の四島は千島列島の日本側にある。
千島列島は、日露和信条約(安政元年・1854年)によって択捉島とウルップ島との間に国境が引かれた。つまり択捉島より南が日本領で、ウルップ島より北がロシア領ということだ。歯舞、色丹、国後は択捉の南なので全部日本の領土という訳だ。
もうひとつの国境である樺太はどうしたのか。ここでは昔からアイヌが盛んに交易活動をしていたので、アイヌ人とロシア人が雑居していた。そこに国境を引くのは面倒なので、共同管理をしようということになっていた。
ところが、ロシアは南下政策をはじめ、朝鮮半島に押し寄せてきた。同時に樺太で両国民の人口が増えいざこざが絶えなくなった。どうしようか考えた末、日本政府は朝鮮半島を優先し、樺太をロシアにあげることにした。
「樺太・千島交換条約」という条約締結で解決した(明治8年・1875年)。どういう取り決めかというと、日露国境は宗谷海峡を境にして、樺太は全部ロシアのもの、その代わり千島列島は四島だけというのじゃなくて全部日本のもの、っていうことにした。樺太の方が広くて近いから、ロシアは喜んで調印した。日本としてはその代わり朝鮮半島には来ないでねというつもりだった。
その後の日露戦争で日本が一応勝つと、樺太は南北に分割され、南が日本、北がロシアの領土となった(明治38年・1905年)。
この状態で日本は第二次世界大戦に負けた。ソ連は戦争が終わるちょっと前に参戦して南樺太を占領した。戦後処理のためのサンフランシスコ講和条約が締結されたが、そこで日本は南樺太と千島列島の「権利・請求権」を放棄した。
じゃ、千島列島にある四島はロシアのものじゃないかと思われるかもしれないが、日本の主張はそうじゃない。日本は、「樺太・千島交換条約」により四島はすでに日本固有の領土で、権利を放棄した千島列島というのは、ウルップ島の北だと主張している。つまり権利を放棄した千島列島の定義が違うのだ。日本の主張は、樺太・千島交換条約の時に「千島列島」とは何島をいうのかの定義に四島が入っていなかったというもの。言ってみれば、四島は千島列島じゃなくて北海道だという解釈で、日本が戦後放棄した千島列島にはもともと四島が入っていないという主張だ。住んでいるのは日本人ばかりだったし、日本の主張はこの点ではアメリカも認めている。
しかし、日本の主張をロシアは認めない。対立したまま日露両国は平和条約を結ぼうとしているが、いまだに締結できない。このやり取りが拉致問題交渉に似ているのだ。
ソ連は日ソ共同宣言で、「平和条約の締結後に歯舞諸島と色丹島を日本に引き渡す」と言ってきた(1956年)。これに日本政府は翻弄される。二島だけでも返すというのだから四島返還も理屈を通せばあるという憶測で日本はソ連にアプローチする。ソ連にしてみれば、返すとは言ってもいつ返すとは言っていない。これで、ソ連は一人でやっていけるときには日本を無視し、困るとこの文言を出してきて飴を目の前にちらつかす。
日本が日米安保条約を改定したときには、東西冷戦で日ソ間も冷え切り、「領土問題は解決済み」とソ連は日本を全く相手にしない。
ところが、ソ連崩壊後経済状態がおかしくなるとエリツィン大統領は「平和条約が領土問題の解決を含む」とか「四島の帰属問題を解決することによる平和条約の締結」など思わせぶりの宣言をどんどんしてくる。1997年には「橋本・エリツィン・プラン」という経済協力プランができて、日本は積極的にロシアに経済支援を行なう。
それでもなかなか四島返還が実現しないと、橋本さんは再び甘い顔で譲歩戦術。日本は北方四島の北に国境線を引いてくれれば、とりあえずそれでいい。四島の施政権返還は後回しでいいし、歯舞、色丹の二島もすぐに返してくれとは言わない。
エリツィン大統領は、ニコニコだ。これで、またタダで経済援助が受けられると思ったに違いない。
ところが、大統領がプーチンに変るとこちらも変った森首相がそろそろと言った。すると、プーチンはプチンと切れ、「何が?」。
プーチンは頭がいい。今までのすべての合意に基づき、四島の帰属問題を解決することにより、平和条約を結ぶための交渉を継続しようと主張するのだ。
すべての合意などみな曖昧なものばかり。四島の帰属問題を解決するとは返すこととは限らない。こいつはまずいと森さんは慌てて、日ソ共同宣言で明言された歯舞・色丹の二島だけでも先に協議しようと言い寄るが、なしのつぶて。
小泉さんもプーチン大統領と上海で会談した。会談後小泉さんは歯舞・色丹の協議を同時平行に行なうと発表したが、ロシア側はそんなことは言っていないと否定。
今日(日本時間)もAPEC首脳会議に出席した小泉首相とプーチン大統領は45分間会談した。小泉さんは平和条約の締結を早くと主張するけど、プーチン大統領は四島問題を解決してから早く平和条約をとお互いにやる気があるんだかないんだか。50年間やってなんの成果もない。この間、四島を追われた住民たちはどんなに辛い思いをしてきたことか。しかも、日本は返せと言ったら、お金を取られたのだ。
いったい、四島を返してくれるという甘い言葉に乗って日本はいくら経済援助したのだろう。こんなことしてたら、金正日だって拉致問題は金づるだと思ってしまう。返せと日本が言えば、お金が取れるのだ。北方領土はもともと日本人が住んでいた日本の領土だ。それを日ソ中立条約を破って終戦間際にソ連が奪い取った。住民は全員故郷を失った。返せは当然の主張だ。返還が遅くなればなるほど、今度は四島に住んでいるロシア人が故郷を失うことになる。
暴力で奪われたものを返せという点で、北方領土問題と拉致問題は一緒だ。また同時に、そこには新たな生活が始まってしまっている人間が生きているという点でも同じだ。この悲劇に付け込み金をゆする。国家という顔をした暴力団。その暴力団に活動資金を渡す日本政府。問題の解決はアメリカの顔を見ながら総合的に対話路線という名の日和見主義。
日本は北朝鮮に対する経済・食料援助を止め、金正日体制崩壊活動をしている国内勢力に経済支援すべきだ。日本だっていつまでも無駄なお金が出せる訳ではない。
2004年11月22日(月)
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【注1】挿入画の地図は、「マイクロソフト・エンカルタ総合大百科2005DVD」より北方領土付近の地図を「昼の地球」で表示したものを原画として、【岸田コラム】が解説用に歴史的な国境を示したもの。
【注2】この記事には訂正記事あり。
参考資料:
Microsoftエンカルタ総合大百科2005 「北方領土問題」「樺太・千島交換条約」「サハリン」
11月22日付産経新聞夕刊、同日経新聞朝夕刊
参考サイト:
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