中山参与が辞めた理由

拉致事件をテロだと認めているのは安倍さんと中山さんだけ、小泉さんと川口さんは口を濁している――と去年の5月に定例記者会見で吼えたのは石原慎太郎都知事だった。

拉致問題の強硬派は、安倍晋三・中山恭子・谷内(やち)正太郎・斎木昭隆。北朝鮮との対話路線派は、福田康夫・田中均・川口順子だった。

電撃的な小泉―金会談が行なわれた(2002年9月)直後の彼らの立場はこうだ。強硬派の安倍さんは内閣官房副長官で、官房長官の福田さんの部下になる。中山さんは、官房副長官の下にある「拉致被害者・家族支援室」の長で、安倍さんの下にいる。田中さんは外務省のアジア大洋州局長。川口さんは外務大臣。斎木さんはと谷内さんは外務省にいたがまだ顔を出していない。

日朝平壌宣言が採択され、拉致問題が両国の間ではじめて公式に問題とされた。金正日は拉致問題について口頭で謝罪した。

この会談をセットしたのは外務省の田中均アジア大洋州局長だった。北朝鮮の「ミスターX」といわれる軍関係の実力者との水面下のパイプで交渉し、会談が日の目を見ることになった。

北朝鮮との対話路線を重視する田中さんがセットした会談に小泉さんは北朝鮮には強硬な立場で臨んでいる安倍さんを同行させている。こういうところが小泉さんの特徴的な人の使い方だ。常に自分がどっちに転んでもいいようにしてある。この会談後、5人の拉致被害者が日本に「帰国」した。

この「帰国」も田中局長がミスターXと交渉の結果実現したものだ。田中さんとミスターXとの間ではこの帰国は永住帰国ではなく、一時帰国ということで、2週間ぐらいで再び北朝鮮に戻ることになっていた。

それを安倍さんと中山さんは田中さんに一度返したら二度と帰ってこないかもしれない、そうなったらどうするんだと攻め寄った。田中さんはそうはいっても先方とは返す約束だ、外交には段階があると突っぱねた。返さないというのならもう自分はミスターXとのパイプも使えなくなると脅してもみた。

この時、中山さんが5人の意思を確認し5人とも日本で家族の帰国を待つと言っていると公にした。そこで、安倍さんが日本は自由の国だ、本人が戻らないというのに外務省が連れ出すのかとダメ押しをした。安倍さんと中山さんは、5人の意思がどうであろうと、ここは国の方針として5人を戻すことはしないと決めようと福田官房長官と田中審議官に迫った。

福田さんと田中さんは反論ができなかった。この議論の結果を、外務省から来たばかりの谷内官房副長官補が小泉さんに伝えに行った。すると小泉さんは、「それでいこう」とあっさり。5人の永住帰国がこれで決まった。

はらわたが煮えくり返って納まらないのは田中さんだ。まさか恩を売ったはずの小泉さんがあっさり自分の方針と努力を否定するとは思ってもいなかった。北との面目も丸つぶれだ。

しかし、田中さんには北朝鮮での首脳会談中に安否不明者の消息を隠したと批判が集中した。一方安倍さんは拉致問題を正面から捉えることから人気がどんどん増していった。どんどん悪者になっていった田中さんを守ったのが川口順子外相だった。

田中さんと谷内さんは外務省同期で、谷内さんが官房副長官補として安倍さんの下で官房に入ることが決まり、田中さんは審議官に昇格が決定的となった。ところが、世論は田中さんに逆風。それを外務省の官僚主義が「拉致問題は担当から外す」からと審議官への昇格を決めた。

昇格が決まると川口外相は「引き続き北朝鮮問題を担当してもらう」と異例のコメントを発表して田中さんの後任の斎木昭隆アジア大洋州局参事官とともに北朝鮮問題を引き続き担当させることにした。これで田中さんの面目が保たれた。

斎木さんは、小渕首相のころから官邸には顔が売れていて、小泉政権は小渕―森派の政権なので、小泉政権の中では政治的なバックアップもある優秀な官僚だ。

斎木さんは田中さんと違い拉致被害者の立場に立った言動をするので人気が高くなり、安倍・中山・谷内・斎木の強硬派メンバーは世論をリードしながら拉致問題解決に活動し、絶好調だった。

一方、対話派は衰退が目に見えてきて、ついに大黒柱の福田さんが辞任した。川口外相の人気もどんどん落ちていった。

しかし、こういう場面で不思議な行動に出るのが小泉さんだ。田中真紀子のときと同様に人の人気を利用しておいて、それが自分に対する脅威になると排除する。福田さんが辞任したときも首相よりは堅実だと福田さんの人気が上がったときだ。年金問題で辞任するというのを引き止めない。

安倍さんは次期首相の声が高くなると幹事長職に変えて、選挙の責任を取らせる。今の小泉内閣のメンバーはみな精彩がない。小泉さんより人気がない人を集めているからだ。

中山さんも今回は入閣かとの話が出ていた。ジェンキンスさんの解決は中山参与の功績との報道がされ、人気が出てきているからだ。この人をどうやって辞めさせるのか、小泉さんは相当考えたのではないだろうか。小泉さんにとっては日朝国交正常化は任期中の2年間でぜひとも行ないたい課題の一つだ。強硬派の安倍さんも中山さんも斎木さんも邪魔な存在だったに違いない。

安倍さんには選挙の責任を取らせた。斎木さんはそろそろ人事異動で気持ちがこもらない。じゃ、中山さんはどうやって。

実は、中山参与と川口外相は相当なライバル関係だ。中山さんは大蔵省出身で、川口さんは通産省出身だが、両方とも女性キャリアとして抜群の活動履歴を残しているのだ。もちろん二人とも東大卒。「女性初の〜」という枕詞が二人には常に付きまとった女性高級官僚の先駆者だった。

生まれは中山さんが昭和15年、川口さんが昭和16年だが、入省は川口さんの方が1年早い。どうも中山さんは大蔵省に入る前に外務省に入りすぐにやめて大蔵省に入りなおしたらしい。

二人とも平成5年に退官し中山さんは国際交流基金の常務理事に、川口さんはサントリーの常務取締役になった。その後、中山さんはウズベキスタン特命全権大使に就任し、川口さんは森内閣で環境庁長官になった。中山大使はウズベキスタンの日本人技術者拉致事件で解決に向け大きな貢献をしたし、川口環境相は京都議定書発効の功労者となった。

まさか、その二人が北朝鮮の拉致事件でぶつかるとは本人たちも想像しなかっただろう。平成14年2月田中真紀子の後を継いで、川口順子環境大臣は外務大臣になった。9月拉致問題解決のために中山恭子内閣官房参与が10人のスタッフを抱えて誕生した。拉致問題で二人は全く違う方針で激突した。優勢だった安倍―中山連合を劣勢だった小泉―川口連合が破った。その秘策はこうだ。

内閣官房の組織図を一緒に開いて見てほしい。中山さんが率いる「拉致被害者・家族支援室」というのは、谷内さんの内閣官房副長官補の下にある。内閣官房副長官補の上には安倍さんがやっていた内閣官房副長官がいて、その上が内閣官房長官だ。その上が内閣総理大臣。中山さんと総理大臣の間には、組織上3つも上司が存在するのだ。それを超えて総理と直接話ができた理由は二つ。

一つは、谷内さんと安倍さんというラインが強固だったことと世論がそれをバックアップしていた。小泉さんは世論に弱い。もう一つは中山さんの夫は同じ大蔵省出身の衆議院議員で森派。森前総理の心を掴んでいるので、小泉さんはそれも無視できなかった。

ジェンキンスさんも北朝鮮から脱出させることに成功した中山さんは恐らくこれからが本番と思ったに違いない。やる気満々だったはずだ。そのやる気を削いだのが今回の「川口順子首相補佐官」という人事だ。首相補佐官(内閣総理大臣補佐官)というのは総理大臣の直轄だ。間に3つも上司が入っている中山参与のポジションをはるかに凌ぐものだ。これを目の当たりにして、中山さんはすっかりやる気をなくしたに違いない。官僚出身の人ならこの人事は辞めろと言われていると感じ、まさにサプライズ人事を超えたショッキング人事。自分と張り合っていたはずのライバルが自分より三段階も上に突然現れたのだ。

小泉さんは中山参与のうっぷんを外部に出させないように、夫の中山成彬氏を文部科学大臣にしたのだろう。安倍さんに次期総裁選の準備をさせないように党の幹事長代理にするなど、小泉さんの人事は本当にいやらしいというか見事というか、こんなことをずっと公邸にこもって一人で考えていたんだから、あきれる。

2004年9月29日(水)

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参考資料:

Microsoftエンカルタ総合大百科2004 「内閣」「日朝平壌宣言」

産経新聞

参考サイト:

緊急インタビュー北朝鮮拉致被害者家族会代表/横田滋・早紀江夫妻

実務家外相の就任を歓迎する

北朝鮮による日本人拉致事件資料

新エネルギー財団

森 喜朗

森派 清和政策研究会

内閣官房に拉致情報集約 外務省不信、支援室を強化

谷内正太郎

「北京以外」を確認・政府内で意思統一−曽我さん一家再会場所

マスコミに多く登場する拉致被害者・家族の支援者と、頼もしい政府関係者