ブルネイ皇太子結婚式の席次が開くはずだった皇室外交の新たな1ページ

ブルネイのビラ皇太子の結婚式に皇太子さまが出席された。雅子妃がご一緒できるかが日本では焦点だった。実際結婚式が始まると、いや〜、これは新たな時代の1ページだと予感させるものだった。

4千人が世界各地から招待されたというが、皇太子さまの席次は3番目だ。順番は次の通り。

1番 アロヨ・フィリピン大統領、同夫

2番 メガワティ・インドネシア大統領、同夫

3番 徳仁皇太子

4番 グロスター公爵(イギリス)

5番 アブドラ・モーゼン皇太子(サウジアラビア)

6番 バンダール・ビン・サルタン皇太子(サウジアラビア)

7番 アブドラ・バダウィ・マレーシア首相

8番 リー・シェンロン・シンガポール首相

皇太子さまの前は、大統領職だ。国際的な式典での順位は、大統領や君主(皇帝・国王・天皇)が最も順位が高い。大統領は直接国民から選ばれるから文句なく国家を代表している。国王は国の王様だからこちらも国家を代表している。皇太子さまは天皇陛下の子息なので大統領よりは席次が落ちる。首相は、行政府の代表者なので国を代表する人よりは席次が落ちる。

なんでフィリピンの大統領の方がインドネシアの大統領より席次が上なのか。表面上の理由は歴史的結びつきだ。

ブルネイは産油国の裕福な国だが、もともとは貿易港で発展した国だった。領土も今よりはるかに広かった。16世紀が絶好調で、ボルネオ島とフィリピンの南、ミンダナオ島までを領土にしていた。

お互いに干渉しないいい時代が続いたが、ポルトガルとスペインの関係でブルネイとフィリピンの関係はおかしくなった。

ブルネイはポルトガルと友好関係を結んで互いに貿易で儲けた。しかし、フィリピンを占領したスペインが度々ブルネイを攻めてきた。これをポルトガルが追いやっていた。ところが、本国ポルトガルがスペインに併合されると誰もブルネイを守ってくれなくなり、スペインはブルネイを攻めまくった。これで、貿易ができなくなり、国がどんどん小さくなっていった。

つまり、フィリピンとは領土をかつて共有した兄弟国ということで席次をインドネシアより上にしたとなれば、どこからも文句は来ない。

じゃ、イギリスはどうして公爵を出席させたのか。グロスター公はエリザベス女王のいとこだ。日本でいえば、もし常陸宮さまに子供がいらしたらその方が出席したようなもの。

さて、その理由は、歴史が続く。領土をスペインに攻め込まれ混乱が続いたブルネイの王様にイギリス人のブルックスが手を貸し内戦を鎮圧した。その報酬として、土地の一部をブルックスに与え、ブルックスはそこの領主になった。ブルックスはその土地を英国女王陛下に献上した。

ブルックスはブルネイ王室の一部の人をそそのかして、ブルネイ国王に反乱を起こすように誘った。これが事前に漏れて、国王は反乱を起こした王族を処刑し、ブルックスに戦いを挑んだ。しかし、哀れにも国王は戦いに敗れてしまった。

ブルックスは国王に英国女王陛下に忠誠を誓わせて殺さずにいた。理由は、マッカーサーが昭和天皇を戦犯にしなかったのと同じ。国王を殺したらブルネイで暴動が起きると思ったからだ。ブルネイ王国は、こうしてイギリスの保護領となった。これが、グロスター公が招待された理由だ。

これからが日本の登場だ。1926年ブルネイで油田が発見された。これがほしくて第二次世界大戦では、日本の艦隊がブルネイ湾に集合した。日本軍はブルネイを占領した。もちろん、これで皇太子さまが呼ばれた訳ではない。

戦後、日本軍からブルネイを取り返したのはイギリスだった。イギリスは植民地だったマレー半島をマレー連邦として独立させたかった。ブルネイもその中に入っていたが、ブルネイはマレー連邦に参加したら石油をとられるだけと判断して参加しなかった。相変わらずイギリスの保護領であることを望んだのだ。

しかし、イギリス国民は植民地政策を善しとせず、ブルネイも独立するよう促した。しかし、ブルネイは独立するとマレーシアやインドネシアに攻められると恐れ、イギリスの説得に応じなかった。

そこで、イギリスはマレーシアとインドネシアにブルネイ独立を尊重すると宣言させた。1984年ブルネイは独立した。

ブルネイはそう宣言したマレーシアとインドネシアには恩義を感じている。だから、マレーシアの首相とインドネシアの大統領を招待した。しかし、いつ攻めてくるか分からない不安はまだ感じている。マレーシアは首相で席次が下だからいいが、インドネシアは大統領だから上にしなくてはいけない。だけどいつ攻めてくるか分からない国の大統領をトップにはもってきたくない。そこで、領土がかつて同じ兄弟分ということでフィリピンの大統領を首席にしたというのが本心ではないか。

こう見ると、徳仁殿下の席次は歴史の事実を超えて高い。その理由は二つある。

第一は経済だ。ブルネイの石油の約3割を日本が買っている。天然ガスにいたっては9割を日本が買っている。天然ガスのプロジェクトには日本の三菱商事が積極的に参加している。ブルネイの石油は日本なしには考えられないのだ。これが、皇太子さまの席次をかなり上げている。

もう一つの理由は、ブルネイ王室の誇りだ。ブルネイは軍事力なしに生きている。そこで、ブルネイ王室は歴史も由緒も正しいところを見せたかったのでは。この格を上げるために日本の皇族を上席にもってきたのではないだろうか。

ブルネイ王室は世界で2番目に歴史のある王室だといわれている。一番は?そう日本の皇室だ。日本の皇室がアジアの皇族の結婚式に参列するのは今回がはじめてだ。もし、雅子さまが一緒に参列されていたら、17歳のプリンセスへの羨望を崩すほどのまばゆい席になったのではないかと想像できる。

当たり前のように皇太子ご夫妻が結婚式に参列していらしたら、間違いなくお二人は注目を集めたはずだ。すでに戦後は進み、アジアでは日本の主導的立場に期待する人々が出てきている。世界の目は新たな日本皇室の役割に驚きを感じたに違いない。今回はページをめくり損ねたが、アジアにおける日本の地位は確実に変わっている。それを皇室外交が見事に示すことになっていたはずだ。

ひっとして、それを先に感じ取った官邸が、雅子さまのご病気はまだ回復していないと無理やり判断したのか。

2004年9月10日(金)

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【注】

席次は、ブルネイ政府が発表した国王の招待を受けた列席者順のもの。実際の結婚式場での席次は前後している可能性がある。

列席されたサウジアラビアの皇太子名は日本語読みの文献がなく、正しい名前でない可能性がある。正しいお名前は、His Royal Highness Prince Saud bin Abdul Mohsen bin Abdulaziz Al- Saud及び、His Royal Highness Prince Bandar bin Sultan bin Abdulaziz Al-Saud。


参考資料:

Microsoftエンカルタ総合大百科2004 「マレーシア」「ブルネイ」「アロヨ」「メガワティ」

参考サイト:

プリンセスは17歳の高校生 ブルネイ皇太子結婚

Their Majesties received in an audience chief guests from friendly nations.

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