旧正田邸

美智子さまご成婚のころ「粉屋の娘だろ」というギャグが流行った。美智子さまの父である正田英三郎氏が日清製粉のオーナー社長だったからだ。しかし、創業者で、英三郎氏の父である正田貞一郎氏はもともと醤油屋だった。そこが、旧日清製粉を買収して見事「粉屋」になったのだ。現在は業界トップの一部上場企業だ。

美智子さまは4人兄弟。お兄さんの巌さん、妹の恵美子さん、弟の修さんがいらっしゃる。弟の修さんが現在日清製粉の社長をやっている。お兄さんの巌さんは元日銀の監事や日本火災の相談役などを勤めた金融畑。その奥さんは浜口雄幸元首相の孫娘にあたる。

正田家では3人の兄弟とご両親の5人が美智子さまを皇室に見送った。母富美子さんは今から16年前に、父英三郎さんは5年前にそれぞれ他界した。

英三郎さんが亡くなったときの相続財産は33億円。美智子さまを含む兄弟4人に相続権があったが、美智子さまは8億円あまりの相続を放棄された。相続財産は日清製粉の株式や自宅と預貯金だったが、3人の兄弟は現金で相続税を払うことができず、自宅が物納された。

そこで、主を失った東五反田の正田邸は3年前国有財産となり、財務省が管理することになった。清水組(現清水建設)が昭和初期に建てたチューダー朝形式の屋根が特徴の和洋折衷住宅は、すぐに草ぼうぼうになり、近所の環境を守りたいと願う「五丁目の環境と文化を守る会」の住さんが財務省に草を刈るよう要望した。

すると財務省から3人の役人がやってきて正田邸は解体して更地にし競売にかけると通告してきた。驚いた住さんが保存運動を始めたのだが、これには賛同する人が日増しに多くなった。建物自体も価値があるし、なにより昭和のシンデレラが正田邸から出てくるのに皆がテレビの前に釘付になったのだから、昭和を生きた人には思い入れがある。

しかし、物納当時は地価がどんどん下がり更地にしないと売れないというのが財務省の主張だった。そこで財務省の幹部は、正田邸の保存には美智子皇后が反対されていると関係議員に吹聴しだした。これに怒った民主党の西村眞悟議員が「財務省は国有財産の処分に以前の所有者の希望を聞くのか」と噛み付いた。ごもっとも。

そんな中、正田邸をぜひ軽井沢に移築してほしいと軽井沢町長が保存に名乗りを上げ、保存運動は絶好調に。

すると今度は宮内庁が「皇后さまのお考えとして、保存を望む人々の気持ちを本当にありがたく思われながらも、実家を残してほしいとのお気持ちのないことを常々申されている」と軽井沢町長に伝え断念させた。

いよいよ取り壊し工事が始まると実力阻止の動きがあって、工事は一時中断するが、結局は取り壊された。

そして、今日、正田邸跡地に美智子さまにちなんだ「ねむの木の庭」という区立の公園がオープンし、小泉首相が立寄った。なんなんだ、こりゃと思う。

結局のところ品川区が約3億円で買ったのだ。物納されたのは175坪。坪当たり170万円だ。平米50万円ほど。この価格は調べてみると路線価と一致する。財務省と品川区が取引をするのだから、公の路線価で売買されるのはどちらにも損得を与えない順当な取引に見える。

しかし、元はといえば相続税が払えないから物納し、それを最大限に高く売りたいから財務省は更地にしたわけだ。それを何で路線価で取引するのか。路線価は役所が見積もる価格だから最も保守的な価格。都内で通常取引される価格は路線価を上回るのが常識。

少しでも高く売ろうと更地にしたはずなのに、最も安いところに売るとはどういう事なのか。あの一等地を由緒ある建物付で売り出したら、もっと高く売れたに違いない。

結局、国の税金を区の税金で払ったことになる。何やってんだろう。どっちも同じ住民が払ってんじゃないか。

2004年8月27日(金)

この記事の読者数:


参考資料:

産経新聞

参考サイト:

昭和史映す建物取り壊し?―住民が反対運動―

旧制武蔵高等学校創立者文献目録

系図で見る近現代

正田建次郎

どこか懐かしい風景のなかに、宇宙と夢を重ねて…

旧正田邸保存運動に関する質問主意書