モハマド君は目の手術を終え、イラクで死んだ橋田信介さんの妻幸子さんとはじめて会い抱き合った。幸子さんは「橋田が言うとおり本当に可愛い子で思わず抱きしめました」と語った。
モハマド君は去年の11月アメリカ軍の砲弾が爆発したとき、自宅アパートの窓ガラスが爆風で割れその破片が左目に刺さった。現地の病院で手術を受けたが回復せず視力が落ち、手術の際に残した糸が目を刺激し痛みを感じていた。このままでは失明は必至だった。
痛みを訴えるモハマド君の父親は日本人なら何とかしてくれるかもしれないと日本人ジャーナリストがいるファルージャのホテルに行った。そこで会ったのが橋田信介さんだった。
モハマド君がなんで東京の病院ではなく沼津の病院で手術を受けたのかは、次のような理由だ。
沼津にヒトスギ塾という学習塾がある。その会長の一杉真城(まさき)さんが親交のあった橋田信介さんからモハマド君の救援活動を依頼された。一杉さんは沼津ロータリークラブのメンバーで、会長が聖隷沼津病院の理事長。また、聖隷沼津病院の院長の子息がヒトスギ塾の塾生。一方手術はどんな手術になるのか簡単には判断できない状況だった。十分相談ができ、信頼できる先ということで聖隷沼津病院を選んだようだ。【訂正記事】
ところで、この聖隷沼津病院というのは、関連する病院に聖隷浜松病院と聖隷三方原病院がある。お気付きの方もあるだろうが、この2つの病院は、最近日本経済新聞社が行った主要病院長アンケート調査で最高ランクの評価である「AAAA」になった病院だ。聖隷浜松は総得点第一位、聖隷三方原は第三位という好成績だ。
「聖隷」というのは、医療に関しては神の下で病院は奴隷のように患者のために奉仕するという意味のようで、クリスチャンが創設した病院だ。ここにはちょっとしたストーリーがある。
昭和の時代が始まったころ、結核は不治の病だった。しかも血を吐き出すので人が近寄らず患者は阻害されていた。聖隷病院を始めることになる長谷川保さんという方の高校時代の後輩にも結核になった人がいて、阻害されているのを見かね、仲間5人でお金を集め住処を作ってあげた。患者のお世話もしているうちに、他から同じ境遇の結核患者がうわさを聞きつけやってくるようになり、さながら結核収容所のようになった。
そこで迷惑だと地主に文句を言われ追い出されること3回。ところが、捨てる神あれば助ける神ありで彼らの活動に共感した近くの医者が無報酬で応援してくれるようになった。さらに、生協の創始者加賀豊彦さんが主催するイエスの友会が全国に長谷川さんの活動をPRしたところ、寄付金が多く集まり、三方原に県有林の払い下げがあるのをそのお金で購入した。これが聖隷病院の始まりだった。
ところが、病院の経営は暗い世の中で行き詰ってしまう。時は太平洋戦争が始まる2年前だった。クリスマスを前に長谷川さんは刀折れ矢尽きたと病院を閉鎖することを決意した。そこに駐在所のおまわりさんがやってきて、「県知事から呼び出しがあるから、明日すぐ行くように」言われた。
クリスマスの日だった。行くと県知事が厳かに手渡すものがあった。それは天皇陛下からの多額のご下賜金(寄付金)だった。このお金で病院は存続し続けることになる。そればかりか、天皇陛下が認めた病院ということで、周囲の理解が一気に広がり結核病患者に対する偏見と迫害がなくなり、病院運営に多くの人が協力するようになった。
時代は大戦争に突入するが、敗戦を迎えたとき聖隷病院は多くの引揚者を収容する施設を開設している。今回モハマド君が治療を受けた聖隷沼津病院は、聖隷浜松病院とは設立時の状況は違う。聖隷沼津病院は戦後一人のアメリカ人の寄付で設立され敗戦で弱った日本人をやはりキリスト教精神で救ってきた。芙蓉病院と名乗っていたが、聖隷沼津病院と改名した。経営母体は違うが、運営方針は同じようだ。
聖隷病院の経営が行き詰まったとき、いったい誰が昭和天皇にそんな状況を告げたのか。不思議でならない。経営資金を差し出したタイミングも劇的だが、陛下が理解を示したことで国民が結核患者に対する迫害を止めるようになったというのは、精神的な支えを国民に提供したものだ。
本当に戦場で傷ついたイラクの復興を日本が支援するなら、国土のインフラよりまず人命のはず。イラク国の復興はイラク国民が行うからだ。負傷したイラク国民を今回のように日本に招き施術を受けたらイラク人は一生日本人を忘れないだろう。これは代々語り継がれイラクの人たちの心に残るだけじゃなく、世界中の人たちが日本の人道支援に賛同し、多くの人が日本人がこうやって世界中の人命を守っていることに尊敬の念を抱くに違いない。
尊敬は憧れになり、憧れを受けた日本人はプライドをもって生活するようになる。日本人のこういうプライドは生活意欲を旺盛にし、生きていることへの幸せにつながる。幸せな人生は働く意欲を生み出し経済成長を引き起こす。幸せな人生は子孫を創り出す原動力となる。こういうことが、善意を施す副産物として我々に帰ってくる。これらのことが我々が払った税金で行われるとなれば、代々生きたお金として役に立つ。税金も払っている甲斐があるというものだ。
自衛隊を派遣するお金をモハマド君のような負傷した人たちを日本に呼び寄せるために使ったら、恐らく数千人の人たちが助かるはずだ。そればかりか、どれほど日本は世界平和に貢献することか。さらに、善意の支出を惜しまない日本の国を攻撃しようとする国があるとすれば世界がどれだけそれを抑止することか。
戦前昭和天皇が使ったお金はモハマド君を迎える時代まで、生きたお金となっている。
2004年6月16日(水)
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参考資料:
Microsoftエンカルタ総合大百科2004
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