好きなときに好きなところへ行けない。不自由といえばまずそれを思い浮かべるけど、我々がないながらも楽しんでいる自由がもうひとつある。財産形成の自由だ。子供のころから貯金箱に小銭を入れ、正月にはお年玉と一緒に銀行や郵便局に行って口座を作りその残高が増えていく楽しみ。
皇太子には恐らくその経験がない。あってもそれは空しいだけだ。皇族の財産はすべて国のもの。日本一高い日本一立派な日本一広い家に住んでいてもそれは国のもの。自分のものじゃない。小学生がコツコツと貯めるお金の楽しさは、それが将来好きな買い物をして自分のものにできる夢があるから意味がある。貯めても自分の資産に換えることができなければそれは単なる通帳残高の数字にすぎない。
戦後、財産を持つ自由が皇族から奪われた。これは、戦勝国の皇族と決定的に違うところだ。イギリスの王家は自分の財産がある。国の名前だってユナイテッド・キングダム。Kingdomは「王領」の意味。実際にイギリス王室はアイリッシュ海の島々を所有していて、20万人以上の住民が自治権を与えられている。
今年度の天皇皇后両陛下と皇太子殿下ご夫妻と愛子さまの生活費は合計で3億2,400万円だ。給料はないので、無茶な言い方をすれば天皇皇后陛下のご公務料2億円に皇太子ご一家のご公務料1億2千万円という感じだろうか。しかし、それを貯めても六本木にマンションが持てるわけじゃないし、ランボルギーニで軽井沢に行けるわけでもない。ましてラスベガスに行って一挙に無一文になることすらできない。これは相当なストレスだ。
財産があるかないかは、善し悪しは別にして人生に大きく影響する。この感覚は小さいころから養われるものだ。ところが、皇族はこの点についても自由はない。
こういう不自由は、なければないと生まれたときから教え込まれなければ、とてもじゃないが納得して人生を歩めない。恐らく帝王学の一部にこのような移動と財産形成の自由はない前提で国民のために生きる方法を教わっているに違いない。
大正天皇は存命の期間が短かったが、俗に気が狂っていたといわれている。ところが、よく調べるとそのような症状があったとは思えない。むしろ、一般庶民感覚がありすぎたために息が詰まった感じがする。大正天皇は明治天皇の皇后の息子ではない。皇后には子供がなく、他に5人の妻がいたとされている。その妻の一人が生んだ子でしかも兄貴分たちがみな先に亡くなり、まさか誰も天皇になるとは思っていなかったのだ。つまり、天皇としての教育がされていなかったから人間的だったと見るべきだ。大正天皇は歴代皇室で初めて一夫一妻制を取り入れた。一般の人間に近かったために皇室の生活ができなかったと解釈した方が自然な感じがする。
その意味では、美智子さまの「憂鬱」や雅子さまの「ご病気」に近い。ところで、雅子さまはうつ病だとの報道がある。最初の報道は今年の2月17日に時事通信社が流した。通信社は新聞社や放送局に記事を売るのが仕事。買った新聞社や放送局がそれを記事にする。よく新聞などに【AFP-時事】とか記事の前に書かれたものがあるが、これが通信社の記事。この場合ではフランスのAFP通信社が日本の時事通信社に記事を売り、それをその新聞社が買って載せているという意味だ。
だから、通信社の記事は配信されれば必ずと言っていいほどどこかの新聞社の記事になる。特に、今の雅子さまの記事は必ず載るはず。ところが、不思議なことにどこの新聞社も放送局もこの記事を流していない。みんなが合意して載せていないと見るべきだ。
その後2月23日発売の「女性自身」3月2日号にこの記事が載ったが、この号は現在売ってもらえない。
つい最近では、イギリスの高級紙「タイムズ」が5月21日にうつ病と発表した。これに宮内庁は憤慨し、「少し説明したいと思います」と皇太子の書かれた文書を今週配った宮内庁の記者会見に「タイムズ」の記者を入れなかった。もちろん「タイムズ」は皮肉交じりに宮内庁の態度を批判し、再び雅子さまはうつ病だとの記事内容を繰り返した。
ここにも官庁と記者クラブの癒着があるのだ。自分ではなにも責任を取らない官僚に自分の責任ではなにも書かない記者。天皇と皇太子が本気で開かれた皇室を目指しているのなら敵の壁を崩すのは並大抵のことではない。皇室も官僚も国民が選んだわけじゃないから投票で決着をつけるわけにはいかない。天皇は国民の象徴だし官僚は国民の下僕だが、どうも今回のストーリーは国民の意思が入り込む余地はない。戦いは泥沼の様相だ。
2004年6月11日(金)
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参考資料:
Microsoftエンカルタ総合大百科2004「天皇」「イギリス」
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