イエス・キリストは実在の人物か

キリストは本当に実在したのか。イエス。

ただ、イエス・キリストが生まれた時代は、日本では弥生時代。農耕社会の到来で安定した食糧生産が始まった時代だとされても、邪馬台国の存在がどんなものだったのかあやふやな点も多い。イエス・キリストの史実としての存在もその程度のものといえるかもしれない。

それでも、イエス・キリストは実在したというのは今では疑う余地がない。問題は、何のために彼が生まれてきたかだ。ほぼ世界中の人たちが2千年たった今もキリストの誕生日を祝う。これほど多くの人に誕生日を祝ってもらう人はいない。単にキリスト教信者が世界で最も多いという理由からではない。祝いたい何かがあるはずだ。

イエス・キリストは馬小屋で生まれた。それほど貧しかったと信じている人がいるがそうではない。当時、ローマの初代皇帝アウグストゥスが徴税を完璧なものにするため人民登録作業を行っていて、キリストの父親だったヨセフはその登録作業のため身重のマリアを伴ってベツレヘムに向かったのだ。大勢の人が登録にやってきていたので、泊まるところがなく馬小屋で一夜を明かそうとしたところ出産したのだった。特に貧しかった訳ではない。

母マリアは聖母マリアと呼ばれている。性の交わりなく子供を産んだことを知らない人はいないが、疑う人も多い。ご主人のヨセフもその一人だったらしい。二人は婚約したが結婚前に妊娠したため、まじめだったヨセフはマリアを疑った。けれど、天使がヨセフのところでささやいた。「恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアは神の子を宿している。イエス(神は救い)と名付けなさい」ということで、ヨセフはキリストが12歳になるまで父親として育てた。その後は不明だ。

性交せずに子供を産んだのはマリアだけだと思われているが、その母アンナ(キリストの祖母)もそうだったらしい。アンナは三人のマリアを産んでいる。それぞれ父親が違う。三人のマリアのうちのひとりが聖母マリアだ。聖母とわざわざ付けるのは他の二人と区別する意味合いがある。

イエス・キリストが何のためにこの世に生まれたかの理由は、神学論争になるので簡単に書けないが、岸田コラム流に書けば、キリストが殺されたときのことを考えると、生まれたわけが想像できる。

キリストが殺された直接の罪状は自分がメシア(イスラエルを治める王者)であると認めたからである。当時の一神教はユダヤ教で、神から認められた人民のユダヤ人の国を将来統治する人物だといったため、民衆から非難され、ローマの統治者も死刑にせざるを得なかった感じだ。

このことからすると、絶対的な神の存在が正しいとするユダヤ人のためのユダヤ教をユダヤ人以外の宗教に転換させたのがキリストだったと解釈できる(岸田コラム流解釈)。

このためキリストは迫害もされた。キリストは人類の罪を背負って十字に架けられたとされているが、どんな罪かといえば神を本当に信仰していなかった罪ではないだろうか。そのため人類と神との和解の象徴が十字架による死だといわれている。

なんで、そこまでしてキリストは頑張ったのか。キリストは裏切り者の弟子ユダに密告されて捕まった話は有名だ。ところがペテロの話はそれほど有名ではない。ペテロはキリストの12人の弟子の中でも最も忠誠心の強い男だった。キリストが自分は裏切られ殺されると予言し、そうなったらみんなつまづくと予言した。すると、ペトロは「私はどんなことがあってもつまづきません」と答えたが、キリストは「いや、あなたは私のことを3度知らないと言う」と伝えた。

キリストが捕まって、その弟子たちも疑われた。ペテロも「あいつは、イエスと一緒にいた」と言われると、知らぬぞんぜぬを三回繰り返した。ユダも裏切り者だが、ペテロもなかなかだ。ところが、キリストが殺され復活するとペテロのところにやってきて一緒に朝食をとった。そのときキリストは自分の考えをしっかりとペテロに伝えた。これがもとでペテロは教団のリーダーになり後にローマ教会を設立した。いわば初代のローマ教皇だ。

その後弟子たちがキリスト教を盛り立てたのだが、その弟子たちが奮い立ったのは宗教的な戒律や儀式ではない。何でも許したキリストの愛の精神、奉仕の精神が源になっている。動乱の時代に生まれたイエス・キリストは神は愛だと主張した。なんでそんなことを主張しなければならなかったのか。当時の人たちが思う神に愛がなかったからだ。

今またキリストが生まれたときと同様に神(正義)の名において他民族を抑圧する戦争が行われている。キリスト教は愛の宗教だ。イエス・キリストはそのことを伝えるために生まれた。クリスマスは愛を尊む日として世界中の人々から長いこと祝われている。

2003年12月24日


参考資料:

Microsoftエンカルタ総合大百科2003

参考サイト:

キリストの生涯

現代に生きるマリア崇敬

聖アンナ