サンプル世帯数が関東地区で600世帯だと聞いて、たった600世帯で視聴率が分かるのかと疑問を持った方が多い。実は、7年前までは300世帯だった。

サンプル数を増やした理由は、翌年から「個人視聴率」が行われることになったからだ。視聴率調査は、世帯ごとの調査結果が公表されているが、これだと猫が見ていても視聴率が上るという不満が広告主側にあった。いったいその世帯の誰が見ているのかが重要な要素だった。広告主側は、バブル崩壊後リストラの最初が宣伝広告費の切り詰めだった。また、消費行動が世帯の行動より個人の行動へと移っていることから、個人視聴率調査実施を強く望んでいた。

個人視聴率を調査するには、300世帯では足りないために600世帯にした訳だ。ところが、ここに来るまでの間には、不可解な戦いが業界にあった。

視聴率を調査しているビデオリサーチは、今から40年ほど前(1962年)に設立された会社だ。電通が三分の一、その他を民放キー局5社を中心としたテレビ局20社と東芝や博報堂が出資してできた。いわば自分たちの業界の会社だ。身内が独占的に視聴率を調査している訳だ。

日本で最初に視聴率を調査したのはビデオリサーチではない。ビデオリサーチができる1年前にアメリカの視聴率調査最大手のニールセンが日本に進出し、調査を始めた。アメリカでのノウハウを生かしたニールセンの調査結果には定評があった。アメリカの流れもそうだったように、日本の視聴率調査も世帯調査から個人調査に移ると読んだニールセンは、今から10年前に日本人社長を据え、本格的に個人視聴率に取り組んだ。

アメリカでは、すでに個人視聴率調査が行われていた。世帯別の調査はその家にあるテレビが何チャンネルになっているかを調べればいいが、一台のテレビに誰が見ているのかを調査するには調査機械に細工が必要だ。

アメリカでニールセンが行った調査方法はこうだ。調査する機械に家族用のボタンを数個付け、見ている人がそのボタンを押してもらうようにした。例えば、息子がテレビをつけたら息子用の緑のボタンを押してもらい、そこに父親が来れば父親用の青いボタンを押してもらう。親父と一緒には見たくないと息子がその場を去る時は、息子に緑のボタンを切ってもらうという調子だ。

ニールセンはこれを日本でも行うと表明した。これに対しビデオリサーチは、ボタンをいちいち押さなくてもテレビカメラをテレビの前に置きテレビの前に来た人の人相で誰かを判断する機械を開発したと発表した。

ところが、ビデオリサーチの機械は精度の点とカメラをセットするのでプライバシーの点で問題があると指摘された。特に誰かの判断は的中率が84%でエラーが多いのが問題だった。

これに広告業界がこの二社とは全く別な大阪のベンチャー企業が開発した機械を推奨したもんだから事態がややこしくなった。この機械はニールセンと同じく見ている人が自分のボタンを押してもらうのだが、機械がテレビの前の人数を数えて合わないと警告表示される仕組み。魚群探知機の超音波機能と赤外線でテレビの前の人数を判断するものだった。

この機械を導入して早く個人視聴率を出せと強く迫ったのが資生堂と森永製菓だった。ところが、この大阪の会社は機械は優秀でも調査の実績がない。

そんな時に、突然ビデオリサーチの石川社長が株主総会で社長を辞めると言い出した。この社長も電通から来た人だが、新社屋の用地買収に絡んで違法な支出があったと監査役から訴えられていた。訴えによれば、石川社長は違法な支出のため個人視聴率調査測定器の開発が遅れ、会社に4億数千万円の損害を与えたというものだ。内紛だった。

後に訴訟は取り下げられたが、この事件で、石川社長が個人視聴率開発に消極的だったためにニールセンに大幅な遅れを取られたことが明るみに出た。ビデオリサーチが開発した機械はまだまだ改良が必要でとても使えなかったのだ。

ニールセンはこれに間髪を入れず独走した。個人視聴率は、評判の悪い自社機ではなく、大阪の会社が開発した機械を買取り300世帯で開始すると発表したのだ。これで、業界はひっくり返ったような騒ぎになった。

この案は、資生堂や森永製菓などの広告主側がニールセンに働きかけたものらしい。民放側はいっせいに反発した。反対の理由は「ボタン式の機械は押し忘れで視聴率が下がる恐れがあるから、ビデオリサーチが開発している機械の完成を待つべきだ」というものだった。

それでもニールセンは実施を止めようとしなかったため、日本テレビがニールセンとの契約解除を通告。泣く泣くニールセンは実施はするが結果の配布はしないと表明。民放側は完全に止めるよう要求したが、社の運命がかかっているとニールセンは完全休止には応じなかった。読売テレビも契約解除。ついにTBSも契約解消を通告し、民放各社は雪崩のようにニールセンとの契約を解消していった。

それから1年半後、ニールセンは民放連と関係修復を図ろうとした。これに合わせるように、民放連はビデオリサーチとニールセンに個人視聴率測定機器の開発状況を聞く会を開いた。ビデオリサーチが個人視聴率調査を開始したのはそれから半年後だった。ニールセン騒動は、ビデオリサーチに調査測定機器の改良期間を提供した結果になった。ニールセンは完全に業界から反故にされていった。

それから3年後の2000年3月ニールセンは日本での視聴率調査から撤退した。日本の視聴率調査はビデオリサーチの独壇場になった。さらに3年後の今年4月、ビデオリサーチは市場シェアの調査に特化していたニールセンとの業務提携を発表し、それぞれが持つデータを共有すると発表した。

マスコミ業界は世界的に大資本独占の傾向にある。日本は大資本とは言えないが一部の組織が支配している。視聴率問題を追うと、電通が大きな影になっている村の支配が見える。


参考資料:

Microsoftエンカルタ総合大百科2003

産経新聞

参考サイト:

ビデオリサーチ・プレスリリース

ACニールセン

オランダVNU社、視聴率調査の米ニールセン社を25億ドルで買収へ