結果主義が会社をつまらなくさせる

ビジネスの世界は結果に対してシビアで、「ビジネスは結果だ」は社内のありとあらゆるところで聞かれる。会議室で熱心な議論が展開されていても、「色々議論したって、しょせんは結果なんだから。いい結果が出せるように頑張ってもらえばいいわけだよ」と議論を打ち切りたがる上司。成績が上らない営業担当者には、同期の営業成績を見せつけ「同じ年代なのに、恥ずかしいと思わないのか。ビジネスは結果だ。結果が出せないならいる意味はない」とやり込める。

社内で聞かれる「結果主義」は、よく聞いてみると軟弱な社内体制を作り上げた経営者が責任逃れのためによく使う。議論の末、管理体制の不備をつかれる上司が恐れてこれ以上議論しないように言い出すとか、売れない原因は突き詰めれば消費者のニーズに合わない商品やサービスだったりするのが分かってしまうので言い出したりとか。

そんな社風があるとしたら、そこで幅を利かせているのが誤った「結果主義」「成果主義」「実力主義」だ。

この3つは、ほとんど意味が同じだ。「結果主義」と言うとちゃらんぽらんに聞こえるから、「成果主義」と呼んでいたり、年齢や学歴には関係ないという意味で「実力主義」と呼んでいたりする。この主義の意味は、成果に応じて評価を決めるということだ。

社内で「当社は実力主義だ」と言って非難されることはない。学歴や出身や年齢、性別に関係なく評価されることは公平だと思っているからだ。それを「成果主義だ」と言っても「結果主義だ」と言っても同様に当然だと思われる。ここに落とし穴がある。

ビジネスは確かに結果なのだが、その求める結果を出すために人間ができることは、そこに至までのプロセスをいかに緻密に踏んでいくかだ。その努力以外に人間ができる努力はない。また、どうしてその努力を自分がしなくてはならないかの社員の動機付けが肝心だ。だから、もし「主義」が常に守るべき考えや行動の指針だとするならば、「経過主義」や「動機主義」が本来会社に利益を与える主義のはず。

それを、結果だけ求めてしまうと、社内の神棚に拍手をして深々と頭を下げ良い結果がでるよう神様に頼る社長が出現する。さらに、緻密なプロセスを求めるよりは、社員のやる気に頼ってしまう。朝礼で元気な声で挨拶をしたり、社訓や人生訓を大声で唱えたりするのは、その現われだ。お陰で社内の壁は社員のノルマと成果が一目で分かる棒グラフと朝礼で言い尽くされた社訓の掲示板と化してしまう。日本の会社は張り紙だらけ。北朝鮮並みに社員の忠誠心をあおるスローガンが横行している。「引き締めよう!われらの気持ちは一直線。夏休み楽しんだ後は、一路驀進」「為せば成る為さねば成らぬ何事も」「コストダウン、明日への扉を開く鍵」「分別収集リサイクル 小さな知恵が大きな資源」「あと一歩、あなたの努力が会社を救う」。トイレまで「もう一歩前進」の張り紙が出現する。

「ビジネスは結果」だの最大の欠点は、プロセスを大事にしないことだ。そのため、何で良い結果が出たのか、あるいは何で結果が出せなかったのかの原因が分からない。良い結果が出れば「あいつが死ぬ気でがんばった」となるし、低調な成績だと「やる気がなかったからだ」で終わってしまう営業会議が多いのはそのためだ。

こうして、日本の会社は仕事を管理せずに人間を管理する体制ができてしまう。仕事のプロセスより社員のやる気に頼って成果を上げようとするからだ。そのために会社が終わってからも居酒屋でいやな上司との本格会議が始まるり、感触が合わないと吐くまで飲まされる。そんないんちき会議のために高校や大学を出たんじゃないだろうに。まったく間違っている。こういう面白くない会社が多いから日本がつまらないのだ。

念のために言うが、正しい「結果主義」や「成果主義」とは、「ビジネスは結果が出せなければ意味がないから、その結果を出すためにプロセスを最も大切にする」主義のことだ。


参考資料:

Microsoftエンカルタ総合大百科2003


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