大手門から皇居を右に見て内堀通りをまっすぐ愛宕山方面に行くと、祝田橋の交差点に出る。渡れば左が日比谷公園だ。右が法務省、合同庁舎6号館だ。そこに公安調査庁と最高検察庁、東京高等検察庁と東京地方検察庁がある。
住所は、霞が関1-1-1。東京地検特捜部はその東京地方検察庁内にある。その奥の桜田通り(国道1号)に面した表通り側には、東京高等裁判所と東京地方裁判所がある。
「××さん、目の動きと金の動きだけは、嘘をつけないんですよ」。クールに言う取調べ検事の言葉に、身に覚えのある人はダメかと思う。
地検特捜部。検察庁のエリート集団だが、どんなところなのか実態をすべて明らかにしたものはない。
最近ではいよいよ埼玉県の土屋知事を東京地検特捜部が立件する方針を固めたようだし、この事件の元になったダスキン事件などの脱税がらみや、芝税務署のデータ改ざん事件など公務員犯罪摘発、KSD汚職などの政治家に対するメスなど、庶民がスキッとするような事件をどんどん上げる。
地検とは地方検察庁のことで、地方裁判所のあるところには必ず地方検察庁がある。東京も同じ霞ヶ関一丁目にある。どうしてかというと、日本は検察官(検察庁にいる検事など)が裁判にかけるかどうかを決めるからだ。たとえ警察が捕まえても、検事の同情があれば、裁判にはならない、つまり刑に服さないことだってある。起訴猶予というやつだ。裁判所に訴える権利を公訴権というが、公訴権を国家公務員である検察が独占している先進国は異例だ。
我々が普通「検事」と呼んでいるのは検察官のことだが、検事総長、次長検事、検事長、検事、副検事がいる。副検事以外は、国家試験の最難関といわれる司法試験をパスし、さらに最高裁判所の司法研修所で1年半バッチリ法律の研修を受けるなど実務を積まないとなれない。なお、法曹界では検察官と呼ぶのは検事と副検事だけ。次長検事、検事長は雲の上の人だ。検事総長はそのまた上の雲の上の人だ。
検察は犯罪を捜査する場合に警察官を仕切って行う縦社会がある。多くの刑事事件はこのような形で捜査から裁判まで進むが、それ以外の犯罪、特に税法、独占禁止法、労働法などに関しての犯罪は検察官が最初から捜査を行う。これが独自捜査だ。
この種の事件が多い、東京、大阪、名古屋の地検に特捜部がある。中でも東京地検特捜部は大きい。数年前の資料では、検察官が38人、事務官が84人、特別公判部の検事が21人の総勢143人体制だ。検察庁の職員は全国に11,346人(平成10年)、そのうち検察官は2,193人だから、その中から選ばれた東京地検特捜部の検事38人はエリートと言える。
取り上げる事件は数多い。内部告発の手紙だけでも山ほど来るという。その中で氷山の一角を狙い撃ちし、氷山全体に警告を与え、世の中をよくしようという活動が地検特捜部の典型だ。
日本での東京地検特捜部の役割は多大だった。1976年のロッキード事件で前首相の田中角栄が特捜部によって逮捕されたのはことさら衝撃的だった。政治家、官僚、経営者と政官財の癒着に日本で唯一立ち向かっうことができたのも特捜部だ。
ただ、彼らは国家公務員。彼らの人事権は官僚にある。彼らの活躍は、諸悪は検察が裁くという幻想を国民に植え付けた。官僚をも裁く特捜部は、官僚国家日本の最骨頂だ。活躍すればするほど、国民は自身で諸悪に立ち向かうことをしなくなる。気が付かないうちに官僚国家を是認してしまうのだ。
一方、同じ公務員との確執は年々強くなっている。特に、警察との確執は大きい。本来は互いに独立した組織のはずだが、警察は常に検察の下で働かされている感じがする。
辻元清美容疑者の逮捕劇はそれが表面化したものだ。彼女を今回逮捕したのは地検特捜部ではなく、警視庁だ。
東京地検特捜部は、1998年12月に元防衛政務次官で衆議院議員の中島洋次郎を秘書給与流用で起訴している。検察はこの時点で国会議員に警鐘を鳴らしたのだ。それ以降はやってはならないことだと議員に警告した。だから、これを機に秘書給与流用を止めた議員については検察は追及しない方針でいた。
彼女は、これ以降はやっていないのだ。だから、検察は週刊誌によるこの事件の発覚後も逮捕はしなかった。ところが、警視庁捜査二課はこの事件を立件したがった。
理由は、二つあると言われている。
一つは、辻元さんの周りには公安警察が日本赤軍と以前かかわりがあったと見る人物がいるため彼女の政治資金の実態解明を求める市民の声が強かったというもの。
もう一つは、ロッキード事件以降地検特捜部の活躍が目覚しく、警視庁もバッジを上げたい(国会議員を逮捕したい)というライバル意識が強かったというもの。
そろそろ、特捜部も寿命が来たと思う。国家が一つの方向に向かっている時は見せしめ的な捜査は有効だったが、複雑な社会の集合体になった今日、見せしめは必ずしも有効ではない。
それより、個々の事件にていねいに対応する事が求められている。複雑で国際化する企業犯罪にはそれに対処できる警視庁の捜査機能を充実させ、公務員犯罪と政治家の犯罪については、納税者であり有権者である一般市民も参加する新しいシステムで立ち向かうことが必要だ。
今は、特捜部の人気は高い。そこで思い切り諸悪の根源と戦いたいとする志望者も多い。正義感あふれる人でいっぱいだ。ただ、その公務員の正義感に頼るシステムは危険だ。かつての大蔵省も日本を憂う官僚でいっぱいで、絶大な信頼が国民からあった。
日本でも検察だけが公訴できるシステムはいずれなくなる。それにあわせて東京地検特捜部も解消する時が来ると思う。日本の構造改革の一部だ。
2003年7月23日
参考資料:
Microsoftエンカルタ総合大百科2003
参考サイト:
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