アーミテージ

小泉首相がアメリカのブッシュ大統領の牧場で23日会談した。ここに招待されるのはイギリスのブレアー首相他ブッシュと親しい人だけで、小泉さんは史上5人目だという。

この間のイラク戦争のときに、小泉さんは同盟国で唯一というぐらい全面的にブッシュの戦争突入を支持し、そのお礼だというのがもっぱらの評価だ。

ま、個人的に御礼をするのはいいことだが、困っている人もいるという。あまり日本を意識しないアメリカ政界や財界の人たちだ。

「大統領が小泉さんを大好きだから、政権内でも対日批判を振りかざしたりできない」とブッシュ政権の経済チームの一人が冗談交じりで言ったそうだ(5月25日付日経新聞)。

事実、日本の構造改革は結果が見えない。もともとグローバル化とはアメリカ化のことであり、これを強烈に推進し始めたのはブッシュではなくその前からだった。アメリカの声に押されるように、日本の構造改革は誕生したようなものだ。

それなのに、一向に進まない構造改革。この批判をかわす小泉さんのスペードのエースは、イラク戦争勃発のとき、ブッシュ支持をぶち上げる事で切られた感じだ。

ブッシュがあんなに孤立した状態のときに、「オレはなんていったてブッシュ支持だ」と言えば、大統領だってホロッとくる。アメリカが構造改革にうるさいことを言わなければ、批判のトーンは上らないと踏んでいたはずだ。

そうは言っても、零細企業の社長じゃないんだから、いくらブッシュが小泉さんのことを好きでも、それだけじゃ親密関係にはなれない。アメリカ政権の中枢に日本のことを知っている人が多いわけではないからだ。日本はアメリカにとって歴史的にも民族的にも地域的にもヨーロッパに比べまだまだ無縁な国だ。

今度のイラク戦争ですっかり株を上げたラムズフェルド国防長官だって就任のときは「私の知っている日本の政治家は中曽根康弘元首相ぐらいだ」と言っている(同)。

じゃ、誰が「ロン―ヤス」関係以上にこんなに小泉さんを持ち上げているのか。アーミテージ国務副長官だ。

国務長官のパウエルさんとはベトナム戦争時の戦友だ。

アーミテージという名が日本で有名になったのは、田中真紀子前外相がブッシュ大統領の親書を持って外務大臣との会談に臨んだ際、田中真紀子がドタキャンした時だ。

当時は、真紀子さんが外務省の官僚とドタバタ劇を繰り返していたときで、心身とも疲労困憊だったとか、私用があったとかの理由でキャンセルしたと報じられている。外務大臣として見識がなさ過ぎると多くの人やマスコミが批判した。2001年5月の事だった。

批判する理由は、アーミテージがその前の年の2000年10月に「アーミテージ・レポート」というのを就任前に書いていて、これほどの親日家はいないと言われていたからだ。

外交を知らない無能な外務大臣のレッテルはこの時付いた。しかし、私は多分真紀子さんは外交も世界情勢も知っていたし、政界の人間関係にも極端に敏感な政治家だったと思うのだ。その理由は、二つある。

「アーミテージ・レポート」の中で、アメリカの外交については次のように述べている。アメリカの外交はヨーロッパを軸足としたところからアジアへとシフトしている。そのアジアへの外交は今まで中国を重視してきた政策だったが、これからは同盟国日本に移すべきだとしていたのだ。

田中真紀子は田中角栄の娘だという事は多くの日本国民が知っていてそれがために支持する人もいる。それを最も認めているのは本人だ。

田中角栄は日本と中国との国交樹立を実現した親中派だ。田中真紀子もその政策を踏襲する人だ。中国からも絶大なエールが送られていた。

だから、ドタキャンしたのだと思う。彼女がアーミテージと会うことは、父親を愛してくれた多くの中国政府要人を刺激する。

それと、もうひとつだ。それは小泉純一郎の存在だ。小泉さんの政治決断は、アーミテージ・レポートに沿ったものが多い。恐らく、日本の政治家でこのレポートを誰よりも真剣に読んだのは小泉純一郎だったのではないかと思う。

レポートでは、自衛隊を国軍化してアメリカ軍との協調がきちんと図れるように提言している。そのための法整備をする必要を説いている。これは今成立しようとしている有事法制の事だ。

また、具体的な提言の中にシンガポールとの自由貿易協定を締結すべきであると述べている。これは、去年の1月13日に小泉さんが行って条約締結に署名した。

恐らく真紀子さんは小泉さんがこのレポートに重きを置いていたのを知っていた。だから、これ見よがしに会談をキャンセルし、「あなたの首相就任は私が実現した」と睨みを利かせたのだと思う。この会談キャンセルで一番困るのは小泉さんだからだ。

アーミテージさんの影響力は実際大きい。あの拉致家族との会談ではその存在感は言うに及ばず、今回の小泉―ブッシュ会談で拉致問題の解決なくして国交正常化なしとブッシュにも言わせたのはアーミテージの存在なくして実現はしなかったはずだ。

2001年12月22日、銃撃戦後不審船は沈没したが、その時いち早く「北朝鮮のものだと思う」と言ったのはアーミテージ国務副長官だった。その彼は、要請があればいつでも引き揚げに協力すると言った。

この引き揚げ協力発言は、元をたどれば、その年の2月におきた「えひめ丸」の衝突沈没事件で、引き揚げをしたときの経験が言わせている。

「えひめ丸」の沈没は、アーミテージが国務副長官に指名される3日前に起きた事件だった。徹底調査を実行したのも、アメリカ軍の常識からは実行不可能だった引き揚げを実現に向けたのも、賠償問題、更に責任問題に前向きだったのも、みな彼の存在が大きかった。

今日本は、彼を無視して将来を語るのが不合理な状態にある。日本の重要人物だ。

2003年5月26日

アーミテージ報告につづく