喜寿というのは、「喜」の草書体が七十七に見えることから、77歳の誕生日を祝う言葉になったらしい。そういえば、筆の達者な人が喜ぶという字を書くと、七ばっかり書いている。

親父は去年その喜寿だった。iモードの携帯電話から、達者なメールを時々送ってきてくれる。いまだに新しいものを受け入れてよくやるものだと感心していたら、本人は「いや、便利なものができたね。これならいちいち相手が起きているだろうかとか忙しいんじゃないかとか気にしないで、思い立ったときにどんどん打てる」と感心していた。

日本の高度成長をリードしてきた年代だけあって、変化というものに尻込みしない。そんな方がもう一人身近にいる。中学のときの恩師だ。大正15年生まれというから、今年喜寿だ。時々、岸田コラムを覗いてくれる。私が中学のときは音楽の先生で、ブラスバンドの先生だった。そこで私はホルンを吹いていた。東京都のコンクールでは毎年2位だった。

タクトの振り方は上品で力強くもあった。卒業のときに色紙を書いてもらった言葉は「いつも心に太陽を、唇に歌を」だった。道徳教育にも熱心で研究書が多い。その後東京都の指導主事になって、中学、小学校の校長も。現在は年金暮らしで悠々自適かと思うと、所属のカトリック教会のコーラスの指導や指揮、母校国立音大の同窓会の理事長の仕事、ボランティアの社会奉仕と息つく暇がない。

その先生から、岸田コラムが始めて内容についてのご意見メールをいただいた。5月13日に書いた「学校で英語の授業はやるな!」のコラムに対するもの。歴史的検証の裏付けのような内容なので、そのまま全文掲載させていただく。

『英語不要論大賛成』

コラムに書かれた通り私も大賛成。日本の英語とは横書きのものを縦書きにする能力の養成を主眼としたもので、つまり庶民より少しばかり程度が高い人間なんだぞ、と威張りたいやからが明治以来その伝統を守って行こうと考えてやっているんだから、実用性なぞ皆無。なくしてしまえば、今の日本人の大方はどうしたって英語の力と英米語圏の習慣を身に付けるべくどっかに習いに行くにきまってる。そうすれば今の会話学校より安くて質のよい塾がどっかと出てくるはず。

だけど既得権と言うのはぶちこわすのが大変。君たちの中学校時代の数年前まで高校入試に音楽があった。私は当時音楽のペーパーテストなんて全く無意味だからやめろと叫んでいて、教育音楽(これもいやな言葉)業界から村八分にされた。その理由、テストがなくなれば子供は音楽の勉強をしなくなる、そうすればわれわれの仕事もなくなる。なんて貧しい発想だろう!私はテストがなくなれば音楽の授業が楽しくなるはずと思ってた。予想通り入試からはずれたとたん音楽活動は東京中で盛んになった。

英語をやめないのも、音楽よりもっと既得権の壁が厚いからだよね。

YOSHIKAZU SAKAKIBARA

思春期にこういう先生に教わったから岸田コラムを書いているのか、意見が同じだからいまだに恩師と拝んでいるのか、因果関係は分からないけれど、どうしてこんなに上手い文を書くのだろう。軽くなく重くなく、簡潔に分かりやすく、しかも興味を引くように書く。更に、こういう文章を先日買い換えたパソコン、それもマックでちょこちょこっと書いては、色々な人に送っている。暇だからではない。恐らく言いたい事が湧いてきてしまうのだろう。

先日も、JRの駅でたむろして通行の妨げになっているやや危険を感じる少年たちを「君たち、並べ!」と言って並ばせ説教をしたらしい。同期会をやれば、先生には厳しく怒鳴られたと言う人が必ず出てくる。飲んで話が弾めば「僕だって、怒るときは教師だからなんだからなんて、いちいち意識しちゃいない。怒りたいから怒るんだ」といたって純粋。

平和の尊さを時々諭す。戦争にはうるさい。去年の暮に小泉首相の靖国神社の参拝を巡り「新たな追悼施設の建設」の答申などが出て問題となったときに、タクシーに乗って、その運転手さんが靖国神社への参拝を賛成すると口にしたらしい。50歳ぐらいの運転手さんだったらしいが、戦争も知らないくせにと憤慨して、都内から吉祥寺のお宅まで論争が止まらない。そろそろ到着というころに「だって、天皇陛下だって参拝しないじゃないか」としてやったそうだ。それでも、日本人が靖国参拝に賛成するのは戦争を知らな過ぎると立腹は収まらない。

偶然なのか必然なのか、この年(1925年と1926年)に生まれた方には、気骨ある人が多い。

代表格は、野中広務。政治家では他に梶山静六、中川一郎、竹下義勝。外国では、金大中をはじめ江沢民、ジスカール・デスタン、更に鉄の女マーガレット・サッチャー、キューバの革命家フィデル・カストロ。

実業界では、樋口廣太郎を筆頭にトヨタの豊田章一郎、日本マクドナルドの藤田田、キャノンの加賀龍三郎、NECの関本忠弘、読売の渡辺恒雄、森 英恵。金融界では、松下康雄。文壇では、三嶋由紀夫に三浦朱門。学界では、江崎玲央奈に小柴昌俊。音楽界では、芥川也寸志、バイオリストの巌本真理に海外ではポール・モーリアとオスカー・ピーターソン。芸能界では、マリリン・モンロー、ポール・ニューマン、アナウンサーが多く小川 宏、糸居五郎、木島則夫、酒井 広、落語家の林家三平、瀬戸わんや、笑福亭松之助。

肩書きが邪魔になるほどひとつの時代をつくり上げた一人の人間という感じの人たちだ。そういう時代だったからかこういう人生の人たちが生まれたのか、こういう人たちがいたからそういう時代が生まれたのか。なんだか、「日本は長寿国」だとか「老人大国」だとかいう言葉がここではちょっと合わない。


参考サイト:

生年月日(誕生日)データベース