無所属厳だ、無所属死んだ政党

北海道知事・高橋はるみ(無所属新)、岩手県知事・増田寛也(無所属現)、東京都知事・石原慎太郎(無所属現)、神奈川県知事・松沢成文(無所属新)、福井県知事西川誠一(無所属新)、三重県知事・野呂昭彦(無所属新)、島根県知事・澄田信義(無所属新)、福岡県知事・麻生渡(無所属現)、佐賀県知事・古川康(無所属新)、大分県知事・広瀬勝貞(無所属新)。

日本の民主政治は、政党政治により行われている。なのに、昨日投票された知事選で当選を果たした10人は全員政党に属さない人だ。更に、立候補した45人のうち政党に属している人はたったの4人。その4人も全員が共産党からの立候補で、他の政党からの立候補はない。

これじゃ、日本は政党政治を止めた方がいい。

政党政治の目的は大きく分けて二つ。ひとつは我々が住む社会は大きくしかも複雑な機能を必要とするため、個人のレベルでは運営が不可能である事。二つには利害を同じにする人たちは徒党を組んで議会内で多数派工作をしたほうが、話が早い点だ。

日本は、複雑多義な社会運営は官僚体制の整備強化で乗り切り、利害を同じくする人たちは、ともにアメリカの保護の下で、戦後の貧困生活からの脱出を声にしたわけだから、国民全員の利害が多くの割合で一致していた。

戦後日本の経済成長は、お題目だけの政党政治で全員一丸となって貧困状態の社会を豊かにする事で走ったのだ。その結果、豊かになった。豊かになってみると、政治家と官僚が癒着し、政党政治のはずが官僚政治になっていた。

この体制への日本国民の警告は1993年7月の総選挙で自民党の過半数割れで示された。この時、自民党は連立政権の中に隠れ、政局運営を細川護煕、羽田孜、村山富市に任せ政界を混乱させ、やはり自民党でないと政局は運営できないと国民に見せ付けた。

そして、自民党の再起をかけて出てきたのが「自民党をぶっ潰す」と堂々と言った小泉純一郎だった。与党の中で野党を作ることで自民党は生きている政党だと主張した。

ところが、これがどうも機能していない。国債発行は自ら決めた30兆円枠をあっさり超えるし、イラク戦争には苦渋の選択で賛成だというし、これじゃ、与党の中の与党だ。(これに関連するコラムは、3月14日「数字の器」、3月20日「誰が日本をアメリカの属国にしたか」

政党政治の枠の中に入らない人たちを「無党派層」と呼んでいる。呼ばれ始めたころは、政党政治に関心のない人たちと言われたが、最近の無党派層は違う。関心があるからこそ今の政党の主義主張が見えずに政党と歩調が合わないという方が多いのだ。

日本は、政党政治に代わる民主政治の運営手段を見出せるかといえば、現実的には不可能だ。だったら、やはり、まじめに政党の事を考えないといけない。日本人による政党政治を生み出さないと日本という国そのものが亡くなってしまう。


参考文献:

Microsoftエンカルタ総合大百科2003